相馬農蚕学校長佐藤某を訪問し・・教諭に魅入る

話は前後するが、県立相馬農蚕学校長佐藤某程不思議な人間はいないやうだ。彼は相馬旧藩の者で学識も深く郷土史の研究家だと聞いて居た私は、原町に着くや直に農蚕学校に自転車を走らせ受付に名士を差し出し校長に面かいを申込んだのだが、老眼鏡の奥から私の容姿をつくづく打眺めて居た受付子は校長は今御食事中だから少し待てと取次いでもくれぬので、与へられた椅子に腰を下して神妙にお待ちしてゐると、校長室から出て来た給仕が会議室に来いと案内して呉れた。そして会って呉れたのが・・教諭であった。名刺も見ず、勿論来意も聞かずに私を自分の部下に代わって面会させる校長ぼ気持ちが解しかねた。
しかし、間もなく私は此不快な気分を一掃させられた。・・教諭は実に愉快な青年で私の心をすっかり魅了してしまったのである。私は却って旧式な尊大振った校長などどうせ碌でもない顔を見るよりどんなにうれしかったか別らない。

彼は言ふのである。相馬郡内の農業は鹿島町と日立木ムラとの間の山を境界に農作の方法が違ふそうだ。即ち鹿島から原町方部にかけては約千人の卒業生が住んで居る為め農作の方法は何れも新式だとある、殊に此学校では農蚕研究会を組織して会報を毎月発行し斯道の研究を怠らないなど中々熱心なものである。生徒定数は全校で僅に百五十人だが、入学志願者は毎年三百位もある、此学校の自慢しても好い事は決して落第生を出さぬことにあるのだと相だ。落第生を出すのは先生の教へ方に欠陥があることを暴露するものだと言ふ見解を持って教育に当たって居る。また全校生徒で産業組合法による購買組合を各二円宛の出資金で組織してゐるが、これは将来の農村には購買組合の必要が生ずるを見越し、組合法を覚えさせる目的に出発すると云ふので相當成績をあげてゐる。

校舎を取巻いてゐる広い農場は茄子やトマトなどが所狭きまでに植付けられてゐる、兎に角原町地方農家のお手本となってゐるだけに、私は見方は判らないが素的なものである相だ。音節内のトマトは実際うまかった。丁度動物園に遊んだやうな観のある校庭の鳥舎等を観て辞した。(原町の一)

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