平田良衛 (1901-1976)について

平田良衛 ひらた-よしえ
1901-1976 昭和時代の社会運動家。
明治34年12月12日生まれ。産業労働調査所員をへて,昭和4年プロレタリア科学研究所の創設にくわわる。6年共産党に入党,翌年検挙。11年郷里福島県にかえり「農村だより」を創刊したが,執筆禁止となった。戦後は共産党の再建につとめ,福島県委員長。昭和51年6月29日死去。74歳。東京帝大卒。
「小高町史」は遺作。
金房村大字小谷字元屋敷69で出生。金房小学校、相馬中学校、第二高校を経て、東京大学卒業。プロレタリア科学農業問題研究会ドイツ語教師。『日本資本主義発達史講座』の企画・編集を担当した。1945年小高にもどり、金房村の荒れていた土地を開拓した人物。高村光太郎の詩「開拓十周年」を碑にして金房村開拓組合入植十周年の記念に建立した人物でもある。また、日本共産党福島県地方委員会責任者(書記長)もつとめた。