64 ウサギと亀
「手前と一緒に走られよ。決して咲き急ぎなされますな」
そう言われても、焦る義胤は狼狽して、
「お心尽くしは嬉しうござるが、若い政宗が逸足の三春駒で先にとばした後を、のんべんだらりんと追ってゆくわけには参りませぬ。西国衆は知らぬことじゃが、われら関東武者は行きながらえて命を石無より、たとえ馬もろとも踏み外し、この箱根の千尋の谷底に落ちようとも悔いはしませぬ。御免さっしゃりませ」
と言い、三成を押しのけて、駈けに駈けた。
「まあ、待たっしゃれ」
と、三成も懸命になって追い掛ける。そして木地師集落の先の川端で、ようやく追い縋ると、
「真っ直ぐに走ったとて、そこから三枚橋までは一本道で、いくら急いでも政宗の後塵を拝するだけのこと。塔の沢の関白さま御許へ行くには、これなる間道を抜けて行けば近道ゆえ、半里は早く着きまするぞ」
紅く山つつじの咲いている窪地の道を、鞭で指し示し教えてくれた。
「えっ」
と思いがけぬ助言に、
「石田三成どの、このご恩は一生忘却仕りませぬぞ」
と、うわずる声を残すなり、株かんざしの茂みの中へ潜り込むようにして駈けこんで行った。
こんな訳で、三枚橋まで一直線に進み、そこから十八里の急坂を息を切らして塔の沢まで上ってきた政宗は、一足先に到着していた相馬義胤の姿でゴールに発見して仰天した。
「ややっ」と言ったなり言葉を失い、手にした鞭を放り出してしまった。
「途中でひと休みした覚えもないのに、亀に兎が追い抜かれるという事やある」
鞍の上で地団駄踏んで悔しがった、ということである。
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