51 51 すばらしきかなキネマの天地
九月十四、十五日の両日にわたって、TBS系時代劇ドラマ「おんな風林火山」のロケーション撮影が、旧大磯ゴルフ場(現在東北電力用地)で行われた。秋の連休ということもあってロケ現場には大勢の見物客がつめかけ、筆者も見物させていただいた。
今回の撮影にあたって、相馬の各郷騎馬会が全面的に協力し、さながら時と所を映したミニ野馬追といった様子。
普段は封鎖されている用地に、家族連れや若者たちがピクニック気分で出かけてきている。
なごやかで楽しい雰囲気がまず感じられた。季節は佳し。爽やかな涼風が翠なす丘陵の上を吹き抜けてゆく。すでに秋の気配濃い雲の形だが、夏の名残の暑気が戻って日差しは強く、木立に蝉の声がひときわ激しくミンミン鳴り響いている。
道路に駐車する多くの自家用車。アルバイトの整理員の姿などが華やかな祭りに足を踏み込むときめきをそそる。アスファルトの道路から窪んだ草地へ降りると、馬のいななく声がして目的の一区画はすぐ判明した。
適当な空地に、実戦を模した騎馬武者と雑兵たちが散開し、メガホンで指揮を執るデレクターの指示に従っている。音声スタッフ。小道具。衣裳。メイク等の係員やカメラマン、記録係等といった現代の夢の工人たちとは、全く異質な戦国の武者たち。騎士の旗指物は戦闘用のため小振りである。武田軍の竹雀文様が染め抜かれ、また撮影効果のための汚しが施してある。
劇は武田信玄の五人の姫君たちに運命を中心に描かれる華麗な時代劇ドラマ。タレント中心の芸能界にとっては話題性の高い娯楽大作。しかし、戦国の史劇である以上、騎馬軍団の合戦場面は不可欠であり、十月十二日からの放送開始に備えて、原町でのロケ撮影となった。見物客は、ロケ現場に姿を見せた女優の伊藤かずえや鈴木保奈美などの周囲に群がり、盛んにカメラのシャッターを切り、色紙にサインを求めたりしている。
さて合戦場面のことである。
槍を林立させた雑兵の姿がことさら近世の戦闘の様子に臨場感を与えているようだ。
百騎の騎馬が敵味方に分かれて入り乱れの馬上の闘いは、抜身の白刃をひらめかせてのものなので、その凄惨なさまが、ちょっぴりタイムトラベラーの気分を誘う。
勇壮華麗な相馬野馬追にはないこの酷薄な味は、やはり鎧や兜の裡に秘められた本質的な血なまぐささである。
「すごいなあ。こりゃ野馬追よりも迫力あるなあ」
宇多郷の橘斌が呟きを漏らした。同感だ。
本来武具は修羅場に命を生かす道具である。骨董となり美術品となってしまった平和な時代の甲冑武具。それらがテレビ映画という疑似的な視野の中であれ、本質的な姿を見せて居る。それにしてもサラブレッドたちの姿は美しい。黒い鋼鉄の蟻のような武者たちは、戦闘機械になりきっている。
姫君たちのあでやかさも結構だが、どうも砂塵蹴立てる合戦場面の迫力は、ほかの場面の影を薄くしてしまう。
すばらしきかなキネマの天地。この地に、この合戦がよみがえるのも、野馬追という祭りがあればこそ、である。
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