34 研究家
 小高町文化財保存会の事務局を担当する門馬博文は、自他ともに認める野馬追研究家だ。昨秋、同会の有志が岩井市および流山市を訪問し、平将門の史跡を訪ねた折に私も同行取材した。往復のバスの中で、また同宿で一泊二日二日間にわたって、門馬の野馬追に関する情熱あふれる心と該博な知識に触れる機会があり、その広さと深さに驚かされた。
 ところで、門馬が独力で築き上げている野馬追研究の圧巻は、その旗帳にある。
 膨大な厚さの手書きの旗帳が数巻ある。各郷ごとに網羅された旗帳はともかく美しい。しかもこの人の旗帳の特徴は、それぞれの旗印はもちろんのこと、その所有者の石高と、旗の意味する概念なり形状なりを詳細に考察し分類しているという点にある。
 旗印のデザインに関していえばその分類は、動植物、天象、宗教関係、文字物、等々に分けられるが、全体の中のどれ位の割合なのかも割り出せる。また使用されている色による分類も可能だ。
 このような作業は門馬自身の几帳面な性格も反映しているが、職業的なものもあるかもしれない。
 門馬は長年、電電公社の労務担当の職にあり、想定される局面に備えて資料作りをする苦労話と、またその面白さについて彼自身から聞いたこともある。
 その門馬がしんみりと語って印象的だったのは次のような述懐である。
 「私は仕事の都合で郷里からずっと離れておりました。いろいろな土地を転勤しておりますと、その土地土地にすばらしい祭りがありますが、どこの土地の祭りを見ても、故郷相馬の野馬追ほどすばらしいものはない、と思うようになりました。ですから、退職してからは自分で本格的に野馬追を研究してみようとずっと考えていた訳です」
 分厚い手作り旗帳でさえ退職後から製作を開始したものだという。短期間のうちに、これほどの分量の情報が集められるというのは、よほどの集中ぶりなのだとわかる。
 門馬の野馬追研究は、文献渉猟においても精力的だ。
 「地元に残る文献だけでは野馬追の実像はつかめない。同時代の日本史全体の史料と比較してこそ本物の野馬追がわかるんです」
 と語る。
 郷土史家たちが地元にゆかりある史料だけを手掛かりに、お国自慢をするだけの郷土史ではなく、この人の研究にはひろい視野から見て居るいわば外部からの客観視を備えたうえでの郷土史論がある。
 彼の公社生活における転勤は出身地の祭りへの愛着をより正確に見極める視点を持つための良き体験であったといえる。
 門馬は日本甲冑武具研究保存会の福島県支部会員でもあり、毎年の小高町文化祭での甲冑展示会でも、飾り付けなどで活躍する。また同保存会支部が発行する機関紙「甲冑相馬」にも、「藩政時代における民衆と野馬追祭事」と題する本格的論考うぃおも発表している。
 ばくぜんと野馬追を愛好し、我田引水気味にありきたりの文献を引用しては安直に野馬追を活字にしてしまう機会の多い土地で、この人の仕事はユニークであり、かつ有益で貴重であるといわねばならぬ。

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