33 旗の美しさ

 旗印の魅力は、そのデザインが機能的な体系を有し、個々の意匠に味わいのあるところだ。そして何より美しいのである。
 「相馬藩北郷の旗帳」という本がある。一昨年、昭和59年七月に鹿島町文化財愛好会が出版した。
 昭和30年頃から「旗紋」と給人系譜について調査と考察を続けてきた鹿島町南柚木の郡亀清は、但野善忠の彩色と、田代清一の筆写の協力を得て、絵巻に旗帳を復元し、昭和58年七月一日、鹿島町歴史民俗資料館へ寄贈した。
 この資料展示は、多くの人々の好評を呼び、ついに文化財愛好会の59年度事業として一冊の「北郷旗紋帳」にまとまったのである。
 同会会長の遠藤利美はその序に次のよな聞を寄せている。
 「相馬地方あげての大祭典である野馬追は、年に一度、相馬全域の武者が甲冑に身を固めて馬に乗り、背に旗を翻しながら、妙見神社の神輿を先頭に威風堂々と行列をする。その後、野馬原に集合し、のろしによって空に打つ上げられた神旗を争奪するため、各武者の旗が入り乱れて駈け巡る様はまことに一大壮観である」
 相馬市史にも、旗帳の収載はあるものの白黒印刷で、文様の識別にとどまる。相馬野馬追保存会が編集した「相馬野馬追史」と、同保存会発行になるガイドブックには、原町の青田家に伝わる旗帳がカラー印刷で紹介されているので、たいていの感じはつかめよう。
 だが、「北郷の旗帳」の魅力は、B5という大型のページに大ぶりに旗が描かれ、美しく彩色されている点である。
 もちろん現物の旗指物には、比べようもないが、様々な旗を一望に眺め渡す愉しみとしては格好の手引きである。
 これらの旗は、まことに美しいのである。
 一つ一つの旗紋の下には、給人の姓名と石高がしるされてある。
 この旗帳をぱらぱらとめくっているだけで、本陣山頂から俯瞰しながら、各郷の騎馬軍団をつぶさに見極め、その旗によって個々の武者の名前を確かめる大役の旗奉行そのものになりきれるのだ。
 旗帳とは、本来軍装に関する軍事上のカタログであり、暗号解読表であり、騎士の個人データの集計である。
 実用の携帯品だから掌に入るほどの小型のものが使われた。また筆写による、それぞれの家に伝わる控えとしても今日に残っている。
 しかし現代の目から見ると、旗帳は実用を越えた「美術品」である。実物よりも、あらためて描かれ彩色された図柄は鮮やかであり、色そのものを味わうことが出来る。
 「北郷の旗帳」という本は、そんな本である。
 郡亀清はそうした魅力にとり憑かれて三十余年、北郷の旗紋を調べ続け、良き協力者の助力を得て現代に復元させた。
 ところで、旗帳といえば旗の魅力を追って、独りきりで旗の魅力を追って、独りきりで各郷の旗紋帳をまとめあげて整理している人がいる。
 小高町の門馬博文さんがその人である。

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