のまおい歳時記
あるだけの店の椅子借す野馬追祭/八牧美喜子
野馬追武者汗疹のくすり買ひゆけり/八牧美喜子
梅雨の最期の残りが雷雨と豪雨になって夜中にふりしきり、明日の野馬追はどうなる天気になることやら、と思いながら、仙台の同級生の高篠君がドライバーを担当し同伴してくれるというので、予報のとおり朝には雨があがるだろうとのとおりに、見事なまでに晴れ上がって、露出した両腕も顔も火脹れのするほどの猛暑になった。
われわれが子供の頃に、夏休みに入って初日の野馬追が開始する日には、ちょうど今日のような具合の天気を思い出させた。
地元で店を開いていた薬屋の夫人であった美喜子さんは、「あぶくま歳時記」という、福島県浜通り地方の相馬双葉の季語、歳時的行事、人情の機微に通じた見事な文芸世界を90歳まで描きつづけた。
俳句界の大物と呼ばれる俳人から、地元の気軽な俳句ファンまで、あらゆる作品を集めてみようと思った。
たまさかの浜風涼し野馬祭/縣美知
野馬追の装ふ駒を庭に曳き/半谷憲
空馬が走りに走り野馬祭/行方克己
野馬追の旗指物も力尽き/行方克己
野馬追の陣貝雲をかがやかす/上村占
山に陣取りて野馬追観戦す/白岩世子
野馬追や甲冑武者の六百騎/斉藤重子
野馬追の埃かぶりて旅楽し/稲畑汀子
野馬追の赤熊に隠る女武者/加藤房子
野馬追の緋縅の武者若からず/大堀柊花
夫の客妻の客来る野馬追祭/八牧美喜子
野馬追の馬の支度の髪を梳く/高橋孝子
野馬追も少年の日も杳かなる/加藤楸邨
野馬追も近づき樗咲きにけり/加藤楸邨
気負ふなき百姓馬や野馬祭/篠田悌二郎
蝶とんで野馬追武者の勢揃ひ/高濱年尾
野馬追の使者に酒手馬に水/奈良比佐子
野馬追の大景見せてゐる高さ/保坂リエ
野馬追の旗差物が風を切る/大出蕭々子
野馬追の果てていよいよ草匂ふ/道山荘
野馬追の武者に野展け山聳え/島田紅帆
野馬追の武者を尻目に放れ駒/行方克巳
野馬追の神旗を奪ふ砂ぼこり/棚山波朗
法螺の音の朝靄ついてお野馬追/石川文子
野馬追の離れ一騎に鞭ひびく/佐藤巴津女
野馬追の緋縅の濃し青田濃し/岩淵喜代子
野馬追の落武者めいて引き別れ/行方克己
野馬追の緋の母衣孕みおん大将/富安風生
野馬追の姿のままに昇天す/阿部みどり女
野馬追をわれ雑草となりて見ん/山内山彦
野馬追やことに凛々しき相馬公/巌谷小波
駒とめて野馬追の武者水を乞ふ/加藤楸邨
耕耘機洗ひて明日は野馬追武者/杉山たかを
草原に湧きたつこだま野馬追へり/秋山素子
野馬追の熱気にいつか馴れてをり/稲畑汀子
祝宴は野馬追法螺のひびくなか/八牧美喜子
野馬追や馬場の砂塵を浴びる席/柳澤仙渡子
野馬追武者家伝の太刀を床飾り/松崎鉄之介
野馬追のかのいでたちは郷大将/幸田和喜子
みちのくは雲湧きやすし野馬祭/古賀まり子
あるだけの店の椅子借す野馬追祭/八牧美喜子
市をあげて野馬追祭の竹立つる/阿部みどり女
野馬追や子馬をかばひ行くもあり/三浦/光鵄
野馬追武者昨日田の草取りゐたり/松崎鉄之介
野馬追へ具足着け合ふ兄弟/松崎鉄之介「長江」
野馬追武者汗疹のくすり買ひゆけり/八牧美喜子
野馬追の祭りは通りすぎるもの/只野柯舟「海霧」