新妻嘉博新妻嘉博さん

新妻嘉博さんは昭和四年十二月一日生まれ、十六歳だった。小学校を失業後、見習として一年間鉄道員養成所で学びだが円谷さんという機関区員が迎えに来た。嘉博さんはしぶしぶ線路を歩いて機関区へ出た。
出勤するなり助役の小林安造さんは嘉博さんをたしなめた。
「君は出ガマの係りじゃないか!」
出ガマというのは、発着蒸気機関車の整備のことをいう。
(昨日も空襲でさんざん怖ろしい目に遭った。今日またあんな空襲が来たらどうしようか)
嫌々ながら嘉博さんは機関車の下に潜り込んで仕事にとりかかった。、原ノ町機関区の技工見習の身分であった。
八月九日は機関区構内で空襲を体験したが、すっかり恐ろしくなってしまった。
十日の朝、そわそわしながらしきりに側の防空壕代わりの山肌の横穴へ、行ったり来たりしていた。
「きのうの空襲で、汽車なんか動けない。行ったってしょうがないんだよ」
嘉博さんは母親のツナさんにしきりにこう言っていたという。再度の空襲に怯えていた。
だが円谷さんという機関区員が迎えに来た。嘉博さんはしぶしぶ線路を歩いて機関区へ出た。
出勤するなり助役の小林安造さんは嘉博さんをたしなめた。
「君は出ガマの係りじゃないか!」
出ガマというのは、発着蒸気機関車の整備のことをいう。
(昨日も空襲でさんざん怖ろしい目に遭った。今日またあんな空襲が来たらどうしようか)
嫌々ながら嘉博さんは機関車の下に潜り込んで仕事にとりかかった。
そこへサイレンが鳴った。
黒い点のようなものが、みるみる大きくなってこちらへ飛来してきた。
「敵機だ」
「逃げろ」
ものすごい爆音で、敵機のグラマンF6Fが機関区構内に殺到する。
バリバリバリバリ!
機銃と爆弾が構内に浴びせられた。
男たちは走った。
追いかけるように飛行機が低空で機銃を発射する。一瞬の差で運命が決まる。ここはすでに地獄の戦場だった。
生命を賭けた職場に、最期の一瞬まで職務を放棄しない男たちがいた。しかし彼らは武器を持っていたわけでなく兵士でもまかった。
動くものすべてを追うような執拗な射撃がくりかえさsれた。
機関区検査掛詰所の防空壕がいちばん近かった。嘉博さんは最後に壕へ逃げ込んだ。
「掘り出された時には一番奥の方にいたそうです。最後に入って奥に入れてもらって、卑怯な奴だなんて、後で文句を言われたこともありましたが、あの子は臆病な子でした。あの日の朝も、生きたくないようなそぶりをしてました。迎えに来られて、嫌々行ったんです」
母ツナさんはこう回想する。
「行きなさい、と私も言いました。あとで迎えに来た円谷さんを恨んだりしたこともありましたが、係りでは責任ありますもんですからねえ。しかたない、寿命だったんだと思って」

 

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