07 大原トシ子さん
大原ヨシ子さんは十九歳だった。実家は原町とは隣接する太田村益田西迫にある。しかし徴用されたまま、予定の一年が先に延ばされ、別な勤務先に配転されそうだ、と家人に語っていた。
国民総動員令という戦時立法が国会で可決施行されて、日本国内の未成年の子供まで勤労奉仕という名前で、国家の命ずるままに大人にまじって労働の義務を負うた。未婚の女子は女子挺身隊という名称で、軍需工場などに徴用された。近代戦争は総力戦という国家目的のために、個人の自由も権利も制限され、すべてが戦争へと誘導され、これに抗えば違法とされた。
「あと三カ月で」
とヨシ子さんは言った。いったんは家に帰れるのを楽しみにまっていたのだ。
大原家では、ヨシ子さんを頭に五女一男があった。この項は、三女ヤス子さんの回想の聞き書きをもとにまとめた。
その日の朝、大原ヨシ子さんは原町紡織工場の厨房で働いていた。
最初は糸取りの仕事に就いていたが、賄い方に替わった。調理の方が性に合っていたようだ。
食堂では、午後の班が朝食を摂っていた。いきなり厨房が銃撃を受けた。
はっと気が付いた時には、天井が敗れて巨大な穴が開いていた。ヨシ子さんの体に、電撃のようなものが刺し貫いた。
外でも阿鼻叫喚の悲鳴があがった。激痛と恐怖が、夢中で走らせた。
「防空壕へ逃げなくちゃ」
しかし、自分の両側を脱兎のごとく去ってゆく同僚たちは自分の不詳のことなど気が付くわけがない。
頭の中はグラグラ熱い。体中が痺れて、思うように走れない。眼の前に火の手があがっている。
ヨシ子さんは思わず叫んだ。
「助けて! みんな、私だけ置いて行かないで!」
だが、みんな自分が逃げるのに精一杯で、立ち止まって手を貸してくれるものはいなかった。
ヨシ子さんの気持ちが急に萎えた。意識がふうっと遠くなった。とりのこされた工場の構内に、崩れるように倒れた。
防空壕の中で一息ついたところで、誰かが気が付いた。
「大原さんがいない!」
(そういえばさっき、大原さんが助けを求めている悲鳴が、聞こえたような気がする)
さっきの場所へ戻ってみると、大原さんは血の海の中にいた。
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