昭和史への旅p44
光生会の発見
光生会という戦前の写真愛好会の存在を偶然知った。
写真マニアの大場俊夫氏は、戦前戦後の原町の姿を数多くとっていたが、「新妻さん」という先輩から。よく写真については教えてもらったという。
「戦前、原町には光生会というカメラ・グループがありまして、出征兵士の記念写真を撮ったり、留守家族の写真を撮って慰問のために戦地の兵隊に贈ったりしていた。
もともと趣味のグループだったんですが、戦争協力させられたんですね。だんだんフィルムもなくなってきた時だから、こういう活動をすることで県から材料の配給を受けた。
余ったコマを、自分たちが貰って作品を撮ってたわけです」
大場さんのいう「新妻さん」は北泉の自宅で隠居生活をしていた。八十才になる。
新妻要という。戦前の「光生会」の常連だった。
「ようく、こんなところが分かったねえ。古い写真は、子供が剥がしていって、あんまり残ってねえよ。こんなもんだよ。」
新妻さんのアルバムには昭和十年代とおぼしき写真が数枚あった。
カメラを持っていたので。近所の出征兵士の記念写真はほとんど撮った。ご自身が原町陸軍飛行場傭員として徴用されたことがある、という。
光生会では、よく集まって酒を飲んだ。撮影会や合評会などもよく開いた。その晩の宴会が目当てだった。
会長には門馬直次郎氏をまつりあげた。現在の原町市長門馬直孝氏は長男にあたる。
「うちの親父は一流好みで、いいカメラを揃えていました。新妻さんのことは覚えていますよ。よくうちで一緒に酒を飲んでいました」
門馬家の老舗油屋屋上は、戦時中防空監視哨として使われていた。直次郎さんが監視哨員の親分格であった。
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