西から太陽が昇る土地

さて、常磐線は東に太平洋を望みながら走る風光明美な路線であるが、読者諸兄がもし夜明け前に仙台駅から上り列車に乗り込んで、大熊町を通過し、次の富岡駅にさしかかる頃には、ずっと東の茫漠たる海原の彼方に、東雲どきの太陽の火球が昇ってくるのを期待するところだが、さにあらず。忽然と西の方から旭が昇ってくるのを目撃してびっくりするという怪奇を体験することになる。
この錯視現象は、常磐線を利用する乗客が体験するものとして有名なものだが、事情をせつめいすると次のようになる。
客車の中の乗客は、方向感覚は常に固定されている。進行方向の右と左の両側が中心者の座標から見た方角に感じられる。南へと走っている列車から見れば、観察者は当然ながら進行方向左側に日が市の日の出を想定しているのである。
その思い込みを突き崩して、旭または夕日が、正反対の窓に見えるので驚愕するという訳だ。
賢明なる読者はもうお分かりだろうが、常磐線は富岡町に入って夜の森駅を過ぎると富岡駅の手前で大きく東へ迂回し、一時ではあるが北に逆戻りするような形で富岡町の中心部を避けて、左右両側の視界が、東西両側の方角の感覚を逆転させてしまうのである。
これが奇怪な常磐線の錯視の原因である。
(1986「政経東北・千年パラダイムの中の浜通り三区)より)

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