明治神宮東北奉建の議 その2
しかし、今日の福島県庁の、つつしみ深い態度については、地方世論をリードしてゆく責任官庁とも思えぬ。明治大正の頃の、お上に従順なる一般東北人と変わりなさそうだ。
明治人の精神に光と影を描いて今日も人気ある国民作家夏目漱石に代表作「こころ」がある。主人公は親友を裏切って恋人を獲得した自分の罪を責め、自殺する。その契機となったのが、明治天皇の死を負った乃木大将の殉死だった。
躁鬱症気質の文学者は、ストイックな明治精神について描いたが、一般の日本人は明治大帝が死ねば死んだで委員会を設け、帝都に人を走らせて、大帝の神宮誘致に狂奔する。
明治天皇の没後、直ちに神宮誘致に名乗りをあげたのは東京市、神奈川県、静岡県などであった。
あざといというか、がめつい根性のように東北人には見える。しかし、それを知らずして沈黙するのも、知った後になって遅れた頃にものを言うのも意味ないことだ。
いてもたってもおられrぬ気持ちで清寿は筆を執り、一気呵成に東北奉建の議という檄文を書き上げたらしい。
神奈川や静岡の議論に対して、とうてい賛同できないとして、彼は東北の的確について次の十点を挙げた。
① 明治天皇が前後三回の行幸で東北を訪問し、特別に心にかけていたこと。
② 天皇ご陵墓は都会を離れて未開の地に置くのが我が国体の風で、これは国土開発の深意があり、この点東北が至当である。
③ 明治の世となってその徳性に浴さなかったのがひとり東北である。明治天皇は東北に何らかの経綸があって、それを宣布せぬうちに崩御したのではないか、東北と皇室国体を結ぶためにも明治神宮は東北に奉建すべし。
④ わが国体は民人つどって国を建てたのではなく皇室中心で、自然祖先崇拝の国民性。皇徳を国内平均に記念するには、奇跡を国内平均に記念するには、遺跡は東京に、神霊は東北というように均等なのが適当の方策。
⑤ 古来日本は世界唯一の神国で、全国に大社大廟があるのに、東北に神宮奉建すべき。
⑥ 古来東北は帝都に遠く反乱が多い。皇室に東北が積極的地位に立つため、両者を接近させるため奉建すべき。
⑦ 東北人は開闢以来初めて明治天皇に至って親政を受け、その徳に感ずることが最も深い。皇室と国家に忠勤な東北に奉建すべき。
⑧ 徳川氏もあた江戸を政治の中心にし、東照宮を日光に建営し東北の地をして他地方に並進させた。
⑨ 地方によって恩恵が片寄るのは一視同仁の旨に反する。関西はすでに種々の恩恵に浴している。従って東北に奉建すべき。
⑩ 日本人は墳墓より神宮を好む。明治天皇の遺徳を記念するため、京都桃山とは別の神宮が必要で、明治天皇が最も心を労した東北こそが奉建の適地。
短時間に焦る気持ちを抑えて書き綴った文章なので、思いつくまま十点の理由を挙げてみたのだろう。ないように重複する部分が繰り返し現れるが、当時の皇国史観と東北人一般の気分に整合させながら、あくまで目的は現実的であり、手段は政治的である。
皇室崇拝の心情に訴えるという点には、現代からみると歴史の限界の視点がある。だが、そのうえで議論を構成する時の清寿には、ダイナミックなエネルギーがある。
しかも、東北の後進性がさまざまに例示されているものの、ことごとくプラス志向の財領とされているのが、プラグマチストである清寿の手腕のあざやかさである。
もしも(イフ)半谷清寿のような政治家が、一人でもふたりでも現代の東北にいてくれたなら……。歴史にイフの発想が許されなくとも、やっぱりそう思ってしまうのは無理からぬところなのではなかろうか。