昔の駅長の服装はいかめしかった。
明治四十二年、駅長と助役は「帯剣」のうえ肩章を飾るようになった。
帽子と詰襟が海軍に似ていたところへ、帯剣と肩章、それに胸に勲章を下げたので、まるで海軍将校。つい敬礼することもあった。
この将校なみの駅長を作ったのは、台湾民生長官から初代の鉄道院総裁になった後藤新平。帯剣は威儀を正し礼容を整えるため必要で、制服は上下同愛の情を厚くし、厳正に服務する効果を生む、というのが持論だった。
金モールに飾られた総裁から、はんてん姿の工夫まで、服の型、生地、ボタン、徽章などあらゆる点で厳密に区別された。
サーベル、肩章などの服装は、海軍からの苦情もあったりして大正八年に改まり、姿を消した。

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