二つの「相馬」

 平成二十三年三月十一日午後二時四十六分、仙台市の東方沖合七十キロメートルの太平洋の海底を震源地として発生した東北地方太平洋沖地震は、モーメントマグニチュード九・〇という未曽有の大地震であったが、それによって引き起こされた巨大津波は、東京電力福島第一原子力発電所を襲い、全電源喪失とそれにともなう一~三号炉の炉心溶融によって、大量の放射性物質が、近隣地域のみならず、関東地方の一部にまで漏洩した。
 発電所の立地する地域は、中近世には相馬氏・相馬中村藩の支配地域であったが、漏れ出した放射性物質は、遠く茨城県南部や千葉県北西部の「東葛六市」に到達した。この茨城県南部に立地する取手市や守谷市、さらには「東葛六市」に含まれる我孫子市・柏市の一部は、中世の相馬御厨に含まれる。その意味で、放射性物質は二つの「相馬」を襲ったのである。

「相馬氏の成立と発展」岡田清一著はしがき