引退なんてできない
 浪江町下津島の医師、関根俊二は、町民の被曝検査をするように昨年4月から言い続けていた。
 昨年5月には町長の馬場有と東京の首相官邸まで直訴に行った。首相の菅直人や、厚生労働大臣の細川律夫らに「内部被曝の検査をやってほしい」と訴えた。
 菅は「できるだけのことは早くやります」と答えた。しかし、それきりだった。
 福島県による本格的な内部被曝検査は8月から始まったが、遅遅として進まない。浪江町は2万1千人の町民がいるが、ホールボデーカウンター(WBC)による検査が済んだ人は4千人弱しかいない。
 浪江町内で放射線量が高いのは、津島と隣り合う赤宇木地区だ。
 2月、赤宇木の集いが二本松市であった。町議の馬場績が「内部被曝の検査をした人はいますか」と尋ねた、そこにいた90人のうち、手を挙げたのは二人だけだった。
 4月16日、関根がいる仮設診療所には健康管理手帳を配布した。被曝量や検診結果をつけてもらうことにした。
 関根は事故当時、医師用の線量計を身につけていた。X線機器を扱うことが多いためだ。
 事故前の月まで、その線量はずっとゼロだった。それが昨年3月の1カ月間は800マイクロシーベルトを記録した。
 津島にいる間、関根はずっと診療にかかりっきりで、室内にいた。
「外にいた人はもっと浴びているはず。あのとき、津島は避難してきた子どもらも大勢いました」
 関根は、除染に多額の費用をかけるなら、そのお金で住民の家を建て、移住を進めたほうがよいと考えている。
「地形を見てください。山に囲まれているんですよ。山林を、どうやって除染するんですか」
 関根は山が好きで、55歳のとき望んで津島に来た。来年3月でやめる予定だった。だが今は、仮設住宅がある限り診察を続けるつもりだ。
「医師は私一人しかいませんから、放り出すわけにいきません」
 関根は双葉郡医師会の副会長でもある。関根によると、双葉郡には54人の医師がいたが、いま福島県内にいるのは19人だという。
「いま町民に一番必要なのは、これからの見通しと希望なのです」

p187 プロメテウスの罠2 朝日新聞特別報道部 2012年8月22日 

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