(「島の果て」を書いたとき、島尾敏雄はまず敗戦直後に、じぶんの戦争体験から捉えられた。それは予感のように終生戦争体験に捉えられることを択んだともいえる。そして「むかし、戦争中が戦争をしていた頃のお話なのですが– 」という一場の体験を「終身」体験につなぎとめるカスガイは、ただそのときの奄美の少女との「関係」にあった。島尾敏雄は「島の果て」をかいてからニケ月後に、奄美の少女と結婚している。(前掲書)
 戦争が終わって、奄美の少女と結婚して十年の月日が流れ、その十年のあいだにひとしきりの夫婦の時間があった。家をかまえ、二人の子どもを持ち、状況は全く異なる次元にある。そして、当時の出合いの場であり青春の舞台であった場所を訪れ、妻ケサノは無邪気に懐かしがる。だが、島尾は、懐かしさと同時に複雑な感慨が交錯し、その錯綜のためにしばしば混乱の状態にあるかのようだ。
 「思わず胸のあたりの血がざわめき、どきりと何かがつき上ってきた。」(廃址)
 自分がそこから出撃して生きては帰れぬ筈であった入江の洞窟の、ぽかっとした黒い空虚の入り口を見た時、島尾は「どきり」とする。そこは島尾の青春がゆがめられながらも、大きく芽の揺れ動くのを感じた場所であった。
 「私は学校を卒業するとそのまま軍隊にはいって、戦争の中にまきこまれて行き、K…島のN浦の基地にまわされた。そこに海軍の小舟艇の小さな基地があった。私の頭の中では、どうしたら四十九隻のボートを敵の舟のどてっぱらにぶつけて轟沈させることができるかという考えだけがわだかまっていて、それが与えられた仕事であった。多くのことが分かっていなかったが、未熟な青春はいっぱいあった。」

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