「老人殺し」ネット中傷とむらがるマスコミ 介護主任。小口陽子

 テレビに映る画面は、ニュースや震災の報道から歌番組に変えた。職員も利用者の前では被災のことや、施設の現状の話題は避けるようにした。利用者の安全を第一に考え職員も含めてみんなで残ると決めた以上、これまでと何ら変わらない環境の中で安心して過ごしてほしかったからだ、
 しかし、世間の風当たりは厳しかった。なぜ高線量地域の飯館村に残るのか? 全村避難が指示された中で例外的に残ることが発表されて以降、施設の周りには、カメラを持った取材陣がうろつくようになった。どの人も長靴を履き、ナイロンの合羽とマスクを着用している。
 いいたてホームでは取材は一切断っていた。
東京からきた記者たちが、どうにか取材ができないものかと駐車場から様子をうかがい、カメラのレンズを向けている。中には、どうしても取材したかったのだろう。何もいわずに長靴を履いたまま施設に上がりこもうとするカメラマンもいた。
「生活の場に無断で入らないで!」
 そのカメラマンに気付いた小口は、思わず怒鳴り声を上げた。職員が四苦八苦しながら「今まで通り」のサービスを提供し、利用者のささやかな暮らしを支えている中で、心ないマスコミの行動が許せなかった。伝えることが大事だとはわかっている。それでもこのときばかりは、そっとしておいてほしかった。
 物々しい雰囲気に、とうとういいたてホームも避難するのだと勘違いしたのか、利用者のトキさん(仮名・88歳)は慌てて「自分をおいていかないで」と小口の手を掴んだ。小口は胸が締め付けられるような思いがした。ほかの利用者もおいていかれると思っているのだろうか。車いすで移動できる人の中には必死に職員の後ろについて回る人もいた。

p128 避難弱者

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