助けられたはずの命だった。
双葉地方の被災者が明日を知れぬ原発事故の行方を不安な気持ちで、寒い体育館で着の身着のままで過ごしている避難者の集中するあだたら体育館に、東京電力の最高責任者清水社長が初めて訪問した直接の公式謝罪をワイドショーが実況し、また夕刻のニュースで全県のテレビモニターに映された。
われわれが福島県にいて知りうる東京電力のトップ経営者の情報は、東電広報が「過労で病院に入院中」で外出もできないと公表している清水社長が、実は赤坂に購入した超高額マンションの権利を正式にするために一括数億円の全額を支払って自分や家族の名前で正式な登記をしていた、などの週刊誌「週刊現代」のゴシップ記事ぐらいのものしかなかった。
今後、東電の責任が問われて、裁判の結果自己資産まで取り上げられるとすれば、最高責任者の清水氏の保有マンションも手放さざるをえなくなるかもしれない。確認する手段もなく、世間の噂ぐらいしか知りえなかったときのことだ。
他誌よりもセンセーショナルなタイトルで特に福島の地名を入れた記事を毎号に載せている講談社の週刊現代は、福島市内でよく売れて居た。売り切れることもあった。
東電の動きに県民の目は敏感だった。
清水社長がテレビカメラに映った。
先に請戸に行ってきたか? 東電清水社長に、一人の男性が指弾してこういった。さあこれから活字に起こして、ものがたりの核の部分を書き始める。浪江の311を。
あだたら体育館に東電社長の清水氏が初めて謝罪訪問した時のこと。
ひとりの男性が、清水社長に質問した。
まだ行っておられませんか。(行っておられななら)それは順序が逆だと思うんですよ。
ここに来る前にまず請戸に行って、本来ならば生きている人がいるんですから、12日の朝に消防の人が、(生存者が)たくさん助けてくれと言いながら、クラクションいっぱい馴らしていたのを聞いていたんですよ。
それを(原発事故のために)戻った時の消防団の気持ち、わかりますか。
まずそちらのほうの、亡くなった方々のところに行って頭を下げるのが、筋じゃないのですか。
助けられるはずだった命が、助けられなかった。
やがてこの逸話が「無念」という紙芝居に結実して、フランスでの上演にまで発展してゆく。