これは殺人罪じゃないのか?
三月十二日、一号機で水素爆発が起こる二時間前、文部科学省所管の原子力安全技術センターに、漏れた放射能物質の拡散を割り出すためのシミュレーションを実施していた。
その結果、放射能物質は浪江町津島地区の方向に飛散していた。
しかし政府は、その事実を浪江町と住民に告げなかった。SPEEDIシステム情報のことである。
この結果は福島県も知っていたが、福島県も浪江町に知らせなかった。あろうことか東京電力・原発事故の連絡も告げられなかったのである。
福島県は十二日夜には東京の原子力安全技術センターに電話してSPEEDIシミュレーション情報の提供を求め、電子メールで受け取っていた。情報だけ受け取り、浪江町に連絡せず、メールはその後削除され、受け取った記録さえうやむやにされていた。
三月十五日に津島から避難した住民に、県からSPEEDI結果が伝えられたのは、二か月後の5月20日のことである。県議会ではこの事実が問題となったためだ。
福島県の担当課長は、五月二十日、浪江町が役場機能を移していた二本松市の東和支所に釈明のため訪れた。
「これは殺人罪じゃないのか」
町長の馬場は、県職員に強く抗議した。
馬場によると、県の担当課長は涙を流しながら「すみませんでした」と言い、SPEEDI結果を伝えなかったことを謝罪したという。
のちに報道から判明した理由では、県の担当部局のノートパソコンのメモリー容量が小さいため、膨大な地図情報データが次々に流されてきたため、最新データだけを残して記録せずに削ったという。
立地町村の県民の生命健康にかかわる「いざというとき」の原発の苛烈事故の想定に備える段階から不備があったのである。
広大な県土のすべての災害情報が、数名の防災職員にどっと襲ってきた。
責任官庁に優先順位の意識なく、原発事故に反応はしてもパニックそのものだったことがわかる。
これが安全神話という電力業界CMで飼い馴らされてきた国と福島県の実態だった。