情報は無かった
その様子をデスク席の見守っていた佐藤は、右の袖を誰かが「引っぱるのに気付いた。箭内だった。
「ちょっと来て、見てください」
佐藤はすぐに箭内と一緒に、ニュースセンターの隣の「編集室」に行った。「編集室」は編集機9セットを備えた部屋でニュースセンターにある「編集卓」とは異なる。
箭内はデジタルズームで拡大した映像を佐藤に見せた。
「この中は、建屋の中はどうなっているんだ! 格納容器は?」
佐藤は何度も箭内に言った。何が起きたのか知ろうと、繰り返し見た。最初に高速で巻き戻した時、何が吹き飛んだのかが分かった。建屋だった。今度はスロー再生で見てみた。爆発の後の建屋の中に黒い影が見えた。佐藤はそれを原子炉の格納容器だろうと思った。
「吹き飛んだのは建屋だ。格納容器が残っている」
確証はなかった。だが、佐藤はそう判断した。
佐藤は「映像で危機を伝えられる。判断するのは視聴者だ」と思った。映像の下部には大熊町の集落が映っていた。
佐藤が中学、高校時代を過ごした富岡町のすぐ隣の町だ。箭内も福島の人間だ。「原発の周りに難万人もの人がいる。テレビを見て、早く避難してくれ」。二人は心の中でそう願った。
佐藤はすぐにニュースセンターに戻り、アナウンスを続ける大橋やデスクらに向けて「なんでもいいから映像を繰り返し流してくれ! 同じ事でいいからできるだけ長く繰り返ししゃべり続けろ!」と指示を飛ばした。騒いでいる人間は誰もいなかった。緊張感と恐怖心が混在していた。原子力緊急事態宣言は出た。ベントも実施された。だが映像が伝える状況が起きるとは、その場の誰も想像していなかった。
大橋のアナウンスは七分五五秒続いた。
今度は全国放送されるだろう。アナウンスを終えた大橋は言った。
「情報は無いの? 情報は無いの?」
情報は無かった。
NHKなど他の放送局も監視カメラを設置していたが、地震の影響で撮影ができなくなっていた。地震の影響は原発に近いほど大きく、福島中央テレビの監視カメラも三台のうち二台が動かなくなり、結果的に最も遠くにあったカメラが唯一の情報をもたらした。
木村英昭「官邸の100時間 検証 福島原発事故」岩波書店