いつもは「編集卓」にはカメラマンと編集マンが集まっているが、この時は誰もいなかった。東日本大震災の発生から二四時間余り、誰もが、取材や中継に出て居るか、ようやく入れるようになった津波被災現場の映像の編集作業に追われていた。箭内は監視のカメラから送られてくる映像を「収録編集用デスク」にダビングするためのボタンを押し、その場を離れた。
そして。(その時)が来た。
「煙!」
ニュースセンターの「コンピューターグラフィック」を作成する一角から声が上がった。CGは字幕などを作る部署だ。この部署でも、監視カメラの映像を見にターで見られるようにしていた。
その声は、大きくもなく、まら、小さくもなかった。ニュースセンターにいた誰もの耳に届くには十分な大きさだった。
ニュースセンターが一瞬にしてざわめいた。だが、叫ぶ者も、大声を上げる物もいはしなかった。鈴かなざわめきだった。しばらくして、女性のかすかな悲鳴が一人、また一人と上がり始めた。
東電や県庁に電話する記者がいた。デスクの松川修三は「原発から煙がでている」「爆発したかもしれない」と、キー局の日本テレビのネットワーク担当のデスクに電話で一報を入れた。
報道制作局長の佐藤崇も自席を立ち、「編集卓」の前に立った。身にター画面を見た。白い煙は北に流れていた。1号機とその隣の5号機を見えなくしていた。爆発の瞬間を見た者はいない。しかし、火災ではない。爆発しているようだった。だが何が爆発しているか分からない。とにかく爆発しているようだった。
佐藤は思った。「映像で危機を伝えられる。判断するのは視聴者だ」
つづき
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木村英昭「官邸の一〇〇時間」岩波書店