夢みたものは
夢みたものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
幸福は失われ 愛も失われ 散り散りに
村はもうなく 村人は帰ってこない
いつしか森におおわれるのか 鳥は住んでいる
石は残っている、村人の帰るのを待って
しかしいつの日になるのだろう 村人が帰るのは
森におおわれ 村人の記憶もうすれるや
村で暮らしていた日々が 脳裏に鮮やかに蘇る
… 牛と暮らしていた日々が なつかしく蘇る
森はさらに鬱蒼として 風にさやぎ鎮まる
人の住まない村で 森は生きつづける
森はここに棲んだ 村人のことを忘れる
森は太古の 静寂の日にもどる
されど村に暮らした日 それは長い
人の思いは たやすくは消えないだろう
森の中の石に わたしは座っていた
いつまでも村の人も その石に座りたかった
忘れな草や 忘れずの石やそこにあれ
先祖代々の村人よ またここに暮らさむ
汝らの土地こそ その森と地なれ
汝らの眠る場所 汝らの奥津城
深々と呼吸せし 踏みしめし土地
森に風はそよぎ鳴り 鳥も鳴きぬ
一本の道の辺の樹 夕日さし暮る
村人を待ちてそ 淋しく立ちぬれ
夢みたものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
わたしは山なみのこちらに 久しく住むもの
そして山なみのあちらの 村を思いしもの
山の隔たつも かしこに深き思いあるもの
一つの幸福 一つの愛 村にもどるべしかな
「夢みたものは」立原道造・詩人
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