あぶくまルートを行くⅡ 政経東北1990年4月号

あぶくまルートを行くⅡ 政経東北1990年4月号

 交通難所の解消を目的に、浪江町昼曽根地内の山中に七百五十二メートルの「昼曽根トンネル」の工事が始まった。
 浪江町と福島市を結ぶ国道一一四号線は、県都と双葉郡を結ぶ唯一の幹線道路。この沿線は、昨年の台風一三号の詰め阿智が鋭く残っていた。
 あぶくまの山ふところ、町村合併によって浪江町の奥座敷となった津島地域で、ひとつの紛装がもちあがっている。
 浪江町議会議長宛てに昨年六月「津島地区大規模開発地区を中心とした地域一帯に、開発会社のA社が計画するゴルフ場を町誘致事業として早急に建設していただきたい」というもの。
 ところが、十二月になって同じ浪江町議会議長宛てに、これとは正反対の内容の陳情書が出され「この件については町議会において不採択とされるよう陳情します」という内容だった。同じ地区から全く矛盾する内容の請願と陳情が出るとは、いったいどうなっているおか。実のところ、多くの町民は事の内容を知らない。首をかしげることばかり。その背景と経過を見てみると。
 「津島地区大規模開発地区ゴルフ場を建設してほしい」という請願書は桜井正夫津島地区区長会長(浪江町大字赤宇木字小沼)(六八)、大和田貞下津島行政区長(浪江町大字下津島字大和久三一)、大和田晋農用地開発整備組合長(浪江町大字下津島牛下四三)の三名連署。
 その理由として「津島地区には、県指導によるリンゴ団地及び一部牧草畑を、県営農用地開発事業として立派に完成を見たところであるが、諸般の事情等によりこれら事情が現在、残念ながら成功をみていない現状」とし、そのうえ「これが事業にかかる自己負担金はすでに、国に償還しなくてはならなない時期が数年前に迎えたのであるが、農村の災害、不況等の事情により支払い不能の状況」にあるという。
 「さらに、私達の住む津島地域は浪江地区ではもちろんのこと、県下全般を見渡しても阿武隈山地の中心地に位置し、最も過疎地域として農村の不振地帯であります。従いまして、当該地域は農業振興地域としては適地とは言えずこれがゴルフ場建設によって、この地域の利益は計り知れず無限の発展地となることが信じて疑いません。又、農業者にとりまして農地・山林を手放すことは死を意味するものであります。しかしながら、当該地にゴルフ場を建設することはこうした事以上に、地権者を始め関係者には利益をもたらすものであります」「又、浪江町におきましても最も遅れた後進地域を解消するばかりか、緑地環境保全にもよく公害もなく、地域住民の雇用確保も出来、地域住民の生活権に関わる難問題も解消出来る唯一の事業であると信じ、是非津島地区にゴルフ場建設されますよう上記通り請願いたします」(原文のまま)
 三者とも公職名と公印における署名捺印である。
 町議会では、継続審議の扱いとなった。

津島地区にゴルフ場
 ところが、年内の十一月二十七日付で下津島住民一同の名において次のような「要求書」が、下津島行政区長宛てに書留郵便で送られた。
 請願書の提出以後の経過を克明に説明する内容なので、全文を次に掲げたい。
 「要求書」
 「平成元年、六月十七日、津島地区大規模開発に関する請願を町議会議長に提出、又同年六月二十日、町長に対して、その促進を図るよう陳情を出されました。
 この件について行政区長は、関係ある地区民に何の話も、相談もなく出されたものであり、我々としては決して納得できるものではありません。
 計画の内容を検討すると、下津島の部落の殆どが開発区域に入っております。このことは、区長が勝手に無断で売りに出したと同様であります。
 我々がこの事を知った最近において、請願書の内容を知りたいとの要求に対し、その提示を拒否していること、又それができないのであれば計画の内容、経過等を地区民の集会をもって説明してほしいとの要求に対しても応じない一切を隠そうとしている。
 このような状態にあるため、我々地区住民が、ことの重大さを考え、住民集会(十月二十九日午後七時 於…津島(公民館)を開催した結果区長はその取り下げに向けて努力する旨の確約を行ったが、その対応をしなかった。
 その後において区長自ら部落集会(十一月五日午後七時 於いて…津島公民館)を開催した結果、全員の意向により取り下げを行い、一切を白紙に戻すことを決定、それにより区長はその手続きを十日以内に行うことを確約した。
 しかし、再度現在に至っても、その責任の履行を行う意志がない状態にあります。このように地区民を愚弄し続けており、真の地域開発を考えての行動であろうか。このようなことが行政区長として許されるものであろうか。
 どうみても納得できないことばかりです。我々は、地域の将来の発展向上、又子々孫々の繁栄を常に考えており、地域の開発を拒むものではなく、むしろ、官民一体となって過疎の進んで来たこの津島に歯止めをかけ、残された自然と広さを生かした地域づくりを推進する時と、考えております。
 地域の開発などは、地域関係者の協力なければ達成されるものではありません。
 今回、この件に関しては種々事情があるようにうかがわれます。
 しかし、このことがこのまま町議会に於いて進められますと大きな社会問題に発展しかねません。この際この計画を進めて行きたい考えであってもこの時期に至っては、一旦、提出した請願書、陳情書の取り下げを行い、地区民の理解を得た上で、改めて検討の上、出し直しを行うべきであります。こもリンゴ団地の問題の対応策の協力は、今後も惜しむものではないことを申し添えます。
 以上、問題の重大さを認識され、早急に対応されるよう要求します」

反対陳情が議長へ
 しかし、下津島住民一同からの要求書は容れられなかったため、。翌十二月十四日付けで、町議会議長宛てに陳情書が提出され、これには次のような文面となった。
 平成元年六月十七日、津島地区大規模開発、特に下津島地区を中心に、ゴルフ場開発を津島地区行政区長会長、下津島行政区長、農用地開発整備組合長の三名により提出されましたが、この件については町議会に於いて、不採択とされるよう陳情いたします」
 これには、住民一同として全戸六十余戸のうちの過半数の三十六名の署名が添えられた。
 その理由として、次のように説明されている。
 「今回の請願については、請願者が勝手に独断で行われたものであり全く知らず、知らされずにおかれ最近になって請願書が出されたことを知った次第です。
 従って行政区長の名に於いて、あたかも住民からの意向であるかの如く装い提出されたものであります。この様な部落の総移動(公共施設の一部も含む)を伴う大規模開発、本当にそれを推進する計画であれば地区住民に一応の相談を行って進めるべきであることは当然の常識であります。
 この様な何の相談も了解もないばかりか、最近に於いて我々が請願の内容を知りたいとの申し出、又その資料の提出を求めたのに対し
※ 請願者は一切それを拒否し続け、それを隠そうとしている。
※ 地区民がその計画及び経過の説明を求めてもそれに応じようとしない(下津島等)、通常では考えられない態度であります」
「このような状態にあるため、我々地域住民が、事の重大さを考え住民請求による部落集会(十月二十九日午後七時 於…津島公民館)を開催した結果、区長はその取り下げに向けて努力する旨の確約を行ったが、その対応をしなかった」と、先にあげた経過を示し「この様に住民不在、行政区を私物化したが如く状態にあります」と糾弾している。
 「地域の開発等は正常な手順と手続きにより関係者の意向を集約し、その協力に於いて行われるべきものであります」
 今回この請願が取り上げられ、又は採択されるような事があれば大きな社会問題となり、地区民に不信感が広がり今後の新しい地域づくりに大きな支障を来すことは必至の情勢となります。
 尚、リンゴ団地の件は単独で対応策を考えるべきであり、その為の協力は我々は惜しむものではありません。
 以上実態を御検討の上、適切な処置を願いたく署名をもって陳情いたします。
     平成元年十二月十四日
     浪江町議会議長
      今野孟信殿 」
 昨年十月四日付の毎日新聞福島版では「変わる農業」というシリーズで農協を取り巻く問題を扱い、その中で「りんご団地」の実態が浮き彫りにされた。これを手掛かりに紹介しよう。同紙は次のように問題を投げかけた。
 <減反、農産物自由化など農家を取り巻く厳しい環境のなかで、農家互助組織・農協の存在がいま問われている。中略「農協は本当に農家のためになっているのか」「営利に走りすぎていないか」といった農協への批判は根強い。県内の農協の現状を現地から報告する>と。

リンゴ団地とは
 通称りんご団地とは、浪江農協(紺野富雄組合長)が音頭をとって、約五億円を投入して津島地区に作ったもの。昭和五十んん、県の事業として達成に着手。平均標高四百六十メートルの原野七十一ヘクタールを、果樹園と牧草地に整備した。
 造成費用のうち国と県が約四億円を補助。残りを町と農家が負担した。農家の返済額は最も多い人で元利合計で約二千万円。
 早くは昭和五十一年から栽培した農家もあるが、出荷するまでには七年かかるという。
出荷までの間は農外収入にたよっていたが、五十五年から冷害続きで、しかも現金収入を求めて働きに出ざるをえなかったため、手入れもできずにリンゴが次々に枯れてしまった。
 <消毒、肥料代にもこと欠き、持ちこたえられない農家が相次いで脱落していった。そのうちに返済金利さえ払えない農家が出始め、延滞利子さえも含めて、返済金は雪だるま式に増えた。全員が連帯保証人になっているため、担保の水田まで転売されかねない状況に追い込まれているという。そこで借金地獄からの返済に乗り出したのが農協という図式になるだろうか>
 農協は、営農指導や経営指導より焦げ付きだけは避けたい、という姿勢も見える、そんな筆致である。
 同紙は次のように報じている。
 <そうしたなかで「A開発会社が、ゴルフ場をつくるという証拠金にあたる二億五千万円の預託を農協にしている」(町議)という話や、「先月(九月)二十日ごろ、農協幹部が転売承諾書のハンコを押してもらいに回ってきた」という負債農家の声がある。>
 同農協の牛渡喜一郎参事は「農家の借金を解決したいということだ。地権者がバラバラに売買することになると虫食い状態になるので、一括して売ることを農協に任せるということで、いますぐどうこうするということではない」と説明、ゴルフ場への転売については言葉を濁した、
 その一方で、ゴルフ場の話を全く知らなかったり、口止めをされている農家がある。国・県の補助事業で整備された農地は農振法で八年間は、ほかの目的で使うことはできない。農用地以外に転売すると補助金の返済を求められるから、期限の来年(平成二年)三月末まで静かにしておいてほしい」と農協から言われた農家もある>
 
地域開発と自然保護
 それにしても渦中の住民のほとんどが目隠し状態で請願が出されていたとは、信じられないような話である。
 「上から号令をかけて、ぱっと投網をかぶせるようなやり方には納得できない。ゴルフ場予定地には、りんご団地以外の土地も入っており、他人の財産に対する侵害だ」と、反対陳情に名をつらねた住民の一人は語る。
 「だいたいにおいて、りんご団地造成の時にも同じようなやり方だった。明日からブルが入って造成にかかるという直前になって、悪いようにはしない、了解のハンコを押してくれ、とやってきた。みんなのためになるなら、と敢えて反対しなかった。しかし、努力して駄目だったならまだしも、努力もせずに国県の金をかけ、今度はゴルフ場に転売だなんて話を裏で進めるなんてひどい。われわれは、だからゴルフ場建設の説明すら聞いていない状態。同じ地区の人間関係が壊れるのを恐れている。今後すばらしい開発の話が出ても、あの土地では止めようということになっては大へんだ。不信を煽るようなことは辞めて欲しい」
 請願書と陳情書の両方をあずかりの形の今野孟信議長に今後の見通しを質問したところ、
 「まだ、いろんな動きがあるので、はっきりしたことを答えられない」
 との返答であった。
 三月末はやってきた。
 しかし「これだけ規制の動きになっている時期でもあり、国県からの金を投入した農用地をそっくりゴルフ場に転売というのは無理でしょう」
 と県のお役人も眉をひそめ首を傾げている。
 決着のつかぬ膠着状態のまま。あぶくまロードの山ふところ、荒れ果てたりんご団地は新たな四月を迎える。

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