驚くリカコさんと一緒に6号線を全力で走る。途中で更に内陸へ向かう上り坂を見つけて格上がった。役場の職員だろうか、スピーカーで「津波が来ます、高台に避難してください!」と叫びながら走っていく車とすれ違う。「津波が来ます、津波が来ます!」
 背を追う波はみるみる近づいてきた。もぢりがかった黒い水が音もなくせり上がってくる。あちらこちらの建物から人が飛び出してきて、同じ坂を上り始めた。どこまで逃げればいいの、と悲鳴とともに顔を歪める人、連れ合いへ怒鳴りつける人、先生に先導される小学生達。はやく、はやく、と坂の上に立つ人が大きく腕を回す。はやく、いそいで!
 心臓が高鳴った。私はこのとき確かに自分の死を思った。前身の血の気が引き、凍え、それなのに頭は痛いくらいに冴えていた。死ねない、と鐘を打つように頭の中で繰り返して、死にものぐるいで坂の上の中学校に辿りついた。同じく避難をしてきた町民に聞けば、この中学校がこの辺で一番高い位置にあるらしい。
 校舎が解放されていると聞き、リカコさんと一緒に最上階である三階へ向かった。町が一望できるテラスへ出る。この世のものとは思えない光景に、息を呑んだ。
 たった今歩いてきた道が、家が、商店街が、目に入るすべての街並みが濁った水に飲み込まれていた。水の深さは、建物の二階部分まで達している。屋根しか見えない家も多い。ほんの十分前まで防風林に阻まれて見えなかった暗い海が、」無音のなか恐ろしい速さであふれだして町襲ったのだとわかった。この瞬間にも水圧に負けた家が次々と傾き、こちらへむけて押し流されてくる。飲み込まれた車が浮いて寄せ集まっている。寒気がした。体の内側の、世界とはこういうものである、という認識の安定を司る部分がばらばらとなってしまった気分だ。なんだろうこれは。この津波に飲まれた無数の家の住民は、さきほどの商店街の人々は、列車に残っていたたくさんの乗客は、避難指示を出しながら海の方へ走っていった役場の車は、ちゃんと逃げられたのだろうか。顔を揚げれば、横一直線にくっきりと白い波頭を連ねる高く獰猛な波が、水平線の彼方から次々と押し寄せてきていた。

新地町の津波被害のようす
http://shi.na.coocan.jp/tohokukantodaijisin-5.html

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