道路も、街並みも、なにもかもが酷い有様だった。道路はひび割れ、ところどころがスプーンの背で押し潰したように陥没している。電線はちぎれて地面へ垂れ下がり、家々の屋根から落ちた瓦が路肩で砕けて山になっている。ブロック塀は粉々に崩れ、電柱が六十度の角度に傾いている。目に映る光景が、ショッキングすぎてうまく脳で処理されない。絶え間ない余震に足元がふらつき、いつまでも地を踏む感覚が戻ってこなかった。
 ひとまず、道がわかりやすい国道6号線を歩いて相馬市に向かうことにした。海沿いの道から内陸方面へ曲がり、商店街を通り抜ける。商店街も、混乱していた。一メートル四方よりも大きいガラスはことどとく砕け落ち、店内は商品も棚もスタンドもありとあらゆるものが倒れて散乱していた。町の誰もが途方に暮れた顔で路肩に立ち尽くしている。人の集まる町役場を通りすぎ、私たちは途中のコンビニに立ち寄った。長期戦に備えて、念のため携帯の充電器を買っておきたかった。
 店に入ってすぐ、濃厚な酒の匂いがぷんと鼻を刺した。ワインが割れたのだろう、葡萄色の液体が壁際で水たまりになっている。そしてそれを片づける余裕もなく、店員は慌ただしく電卓をたたいてレジに並んだ客の対応に追われていた。パンやカップ麺を腕に抱えた客が多かった。店内は商品の半分近くが床へばらまかれ、三列並んだ商品棚はウインドウガラスの方向に大きく移動していた。一番はじの商品棚はガラスと隣の商品棚に完全にはさまれ、商品が取り出せない。
 また現実感が一歩遠のくのを感じながら、私は幸いとりやすい棚にあった携帯の充電器と、ペットボトルの温かいお茶を二本買った。一本を入り口で不安げに携帯電話を操作しているリカコさんへ渡す。その日はものすごく寒かった。長く歩くとしたら、気休めでも暖をとるものがあった方が良いと思ったのだ。
 先ほど前を通りすぎた町役場から、放送が流れた。
『津波警報が発令されています。沿岸部にいる方はすみやかに避難してください』
 車の行き交う6号線を歩き出しながら、ここって沿岸部に入るのかな、とリカコさんと首を傾けた。
すでに駅からだいぶ歩いている海からの距離は二キロ近くあるだろう。いざとなったらそのへんの建物にによじ登ろう。とのんきな冗談を言って歩き続け、私は、ふと海の方向を見た。
 背筋に冷たい水を流された気がした。
 一キロ先の地面が、うごめいている。あの辺は、あんな色をしていただろうか。地面、いや違う。あれは、木ぎれやものが浮いているから地面に見えるのであって、あれは――。
「リカコさんまずい、波が来てる!」

彩瀬まる「暗い夜、星を数えて」より 新潮社2012・2月
つづき

新地3

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