三月十一日、作家の彩瀬まるは仙台からいわきへの常磐線に乗って気ままな旅の途上にあった。
本に没入していた。くぐもった車内アナウンスが響いた「線路沿いが燃えているという連絡を受け、安全確認のため停車しております」
電車はまたゆるゆると走り出した。新地という知らない駅名が看板にみえた。

車内の乗客の携帯が一斉に鋭いビープ音を立てた。
緊急地震速報だ。私の携帯も鳴っていた。文面を確認するよりも早く、眩暈に似た浮遊感に体を包まれる。とっさにそばの手すりをつかんだ。

すさまじい地震の揺れ。いつまでたってもおさまらない。

車掌に確認しても、本部からは待機の指示ばかりで、復旧の見通しはたたないらしい。
「この駅って、海の近くなんですか」
ホームの向こう、青く並んだ林を指差して近くのボックスの親子に聞いた。
「あの林の向こうはすぐ海だよ。五百メートルもないかな」
「津波、来るでしょうか」

このまま待っていても状況は好転しないだろうと、リカコという相馬の女性と電車を降りて相馬を目指して歩きだすことにした。

ホームから砂利道の敷かれた線路に降りて、駅舎のある反対側のホームへよじ登る。まだ判断のつきかねる乗客は多く電車に残っていた。

ガラスの散乱した駅舎を通り抜けて外へ出た。よくよく目をこらすと、木造の駅舎の柱は根本が潰れて、傾いていた。

だから、つまり、われわれは3月23日になってから二週間後になって初めて新地駅の壊滅と、津波で横転した二両の電車が「く」の字に折れ曲がっている電車の映像と、二人の警察官によって全員の乗客が安全に引率されたというストーリーとともに美談だけが伝えられてきた。それ以外の個々の物語をすべて抹殺するのと同じ効果をもたらした。

つづき

第一章 川と星 新地駅で

 

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