「香戸少尉は西側の斜面の凹みのような所にはいっていった。そこは岡の場所からはちょっと隠れていて、雑草が生い茂り、西陽の陽だまりで、空気がむーっと暖かく、畑仕事の休憩所のように思われた。然しその斜面のすぐしも手に百姓家の背中が見えていた。それにまだ余りにあたりが明るすぎた。一体自分は何を探しているのだろう、。それはむき出し過ぎて、そのうちにやはり嫌悪されてくる。」
香戸少尉は、出撃まぎわに、唯一安定した場を求めてきたのであったが、その最初の動機は、忘れがたい陽子の肉体のやわらかさであったに違いない。そのことを香戸は嫌悪したのだ。
陽子はやがて必ず自分のもとから永遠に去ってしまうであろう事実を十分に承知しながら、それだからかえって「現在の幸福が逃げてゆくときのみが恐ろしかった。」
「二人とも、学校の教室のことを考えていた。」人の目を気にせずに抱擁の陶酔を味わうことのできる場所――そのことがぐたりの頭を支配していた。「然し何か億劫なものがあっても土得有気分に」ならない。二人は映画に行く。が「外で考えていたのとは相違して、映画館の中は明るすぎた。」二人は手をにぎる。「掌の中の陽子の手が汗ばんでべっとりして来たのを」香戸は知る。そして「つつしみがない」と思えるほどだ。
気まずさだけが二人の間にある。
二人は映画館を出る。抱擁できる場所をさがしてうろうろしている二人に風が吹き付ける、その風は何となく物事を終末へ運ぶようなもの寂しさで二人の心を捉えた。」
香戸少尉は、陽子に対してもっと親切にしなければ、と思う。香戸少尉はまるで陽子をふりまわしふみつけにして行くようである。欲望がむき出しのまま先回りをして不機嫌の連続のような態度をしていたことに、香戸少尉は恥じる。黙って後についてくる陽子のけなげさが痛々しく感じられもする。
香戸少尉は陽子のからみついてくる視線を払いきってしまうことができない。「二人は、人気のない所を選んで歩いた。」香戸は陽子を「軽く抱こうとした。陽子は待ち受けていた。」「すると、前方のくらやみから人の足音が聞こえて来」る。二人は離れる。
香戸少尉は防空壕へ陽子を手招く。「耀子は何のためらいもなく彼のあとに続いた。ところが香戸少尉は」防空壕の置くから人の話声がするのを聞いてびっくりする。そのうえ防空壕の中は水たまりであった。
「学校に行こうか」香戸少尉はそう言った。そこことは陽子にすぐ分かった。「二人は、索漠とした気持ちで歩いていた。陽子はふと口をついて低く歌い出した。
語れ愛でし、まごころ
久しき昔の
香戸少尉ははっと胸をつかれた思いがした。」陽子をいとおしく思う気持ちがどんどんふくれあがって、「彼は陽子の手をとってぐいぐい丘の下の立木のそばに引っぱって行くと、その立木に背をもたせかけて荒っぽく陽子を抱いた。」
しがみつくような陽子との接吻は思わず歯をぶつけあう。そういう最中に、突然香戸少尉は激しい尿意を催す。彼は陽子をつきはなし、佩剣をがちゃつかせて駆け出し、そして放尿する。