全国放送にカットイン

 放送をどうすべきかどうかについて、その場の人間に迷いは無かった。
 放送に向けた準備にスタッフ全員が動きだしていた。準備が整った。
 その時、放送画面では、日テレが宮城県での津波被災者がヘリで救出される場面を生中継していた。
 全国放送に割って入り、福島県内だけ向けて独自の映像を独自の映像を流すしかない。通常ではあり得ないことだ。業界用語で「カットイン(緊急差し替え)」という。
 「カットインします」
 報道部長の小林典子がその時、デスク席の近くにいた佐藤に承諾を求めてきた。佐藤は了解した。小林はヘッドフォンとマイクが一つになっているインカムで叫んだ。
 「次のアタマからカットインしまう」
 アタマとは時計の秒針がちょうど○○秒を指す時点のことを言い、アナウンサーらが放送を始めるに当たって呼吸を合わせやすいように工夫の一つだ。だが佐藤はそれを訂正した。
 「アタマじゃない。今スグだ」
 一〇人いるアナウンサーのほとんどは相馬市やいわき市などの被災地に取材に出ていた。ニュースセンターにいたアナウンサーの大橋聡子がカメラの前に座った。大橋より経験豊富な先輩アナウンサーの徳光雅英がそばに付き、大橋のアナウンスをサポートすることになった。
 佐藤は二人に向かって言った。
 「爆発とは言うな。見た儘をしゃべれ。余計なことは言うな。同じ事でいいから、ひたすら繰り返せ」
 原発で何が起こっているかも分からない。事実だけを淡々と放送する方針だった。
 爆発から四分後の午後三時四〇分、放映中の全国放送にカットインした。
 防災用の白いヘルメットをかぶった大橋がアナウンスを始めた。大橋の目は泳いでいた。
 爆発の瞬間を捉えた映像は編集中で、まだ間に合わない。監視カメラが送ってくる現在の生の映像を流した。
 「先ほど一分前、福島第一原発1号機から大きな煙が出ました。大きな煙が出まして、そのまま、えー、北に向かって流れているのが分かるでしょうか」
 煙しか見えない。論評や解説は一切無し。大橋は見たままを言葉にし続けた。
 爆発の瞬間の映像はまだ届かない。編集をするためには「収録編集用デスク」の収録を中断しなければならない。放送が最優先だが、この衝撃的な映像の収録をどの時点で中断して編集作業に回すか、」カメラマンたちもギリギリの判断を求められていたのだった。
 大橋がアナウンスを始めて約一分後、爆発直後の静止画が「編集卓」から届き、放送画面に載った。ニュースセンターで「煙!」の声が上がった後、箭内は、爆発前から収録していた「編集卓」の二四時間収録ハードデスクと「収録編集用デスク」にちぃかして、さらに「編集卓」と曽のニュースセンターの隣にある「編集室」とで、「VTRテープ」での収録をするよう指示していた。運ばれてきたのは、追加収録した方の「VTRテープ」だった。途中で収録を中断し、最も煙が広がっていたシーンを探して静止画にした。だから、まだ爆発の瞬間は放送されていない。
 そして、さらに一分後。やっと、今度は爆発の瞬間を収録した「収録編集用デスク」の映像が仕上がった。すぐ流した。
 大橋は映像を見ながらアナウンスした。
 「これが、煙もしくは水蒸気が出た三時三六分の映像です」
 明らかに爆発しているのが分かった。だが、「爆発」の言葉を使うことは佐藤から禁じられている。
 「福島第一原発1号機から大きく煙が広がった瞬間です」
 爆発の映像を見ながら大橋は必至でしゃべり続けた。
 徳光も「煙の流れている方向を言って! 向かって右側がいわき方面。左が仙台方面」「この煙が危険なものか、そうではないのかは確認中」と声を掛け、大橋のアナウンスを支え続けた。

木村英昭「官邸の100時間 検証 福島原発事故」岩波書店

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