死の町のスケッチ 定点観測者の憂鬱.
by 二上 英朗 (ノート) on 2011年10月18日 12:17
「どこ行ぐ? またパチンコけ」
「ほかにすっことあっかよお」
校門脇に立つ看板前で、野球帽の男たちが声をかけあっている。
南相馬市の中心・原ノ町にも、人の姿はなかった。シャッターも90%以上が閉ざされている。パチンコ屋だけ人があふれていた。大きな駐車場も満車である。
商店街に「ありがとうから始めよう」の幟がかかり、放射線量マップが貼られ、津波に打ち上げられた写真などを集積した「遺留品縦覧場」があった。誰も歩いていない路上にスピーカーから流行り歌が流れていた。
♪♪♪会いたかったあ 会いたかったあ 会いたかったあ イエイ
JR常磐線の線路は赤さびを浮かせ始め、草が茂っていた。
2011.10.14.鉄道記念日 「現場の磁力」週刊ポスト
高名なジャーナリストとメデイア取材班が、次々にわが郷土に入って、印象を描き、レポートしている。
彼らの力量に嘆息もし、同感もする。
しかし、納得もし、共感しながらも、「違う。違う」という内心の声を抑えられない。
子供づれの、家族が笑顔で町のメインストリートを歩いている、夏の七夕のある商店街の光景が、ぼくにはダブって見えるからだ。
子供が持っているソフトクリームは、暑さで融けかけている。声をかけてあげたいほど。そして、その子供は、クローズアップしてゆくと、自分の小学校3年のときの顔になる。
大学入試の前日に、上京する駅の原ノ町駅のプラット・ホームは、父親が牽く機関車の始発駅だった。
国鉄労働者たちの、黒光りする肩の筋肉の瘤。磨かれた鉄路の色は、輝いていた。
桜の舞い散る校庭の、花吹雪の入学式も、秋の季節市の、夕闇の中の露店の賑わいも。
それが見える。だから「違う」のだ。
テレビニュースで、よく知った知人の顔が映るたびに、虚像ではないかと疑う。
海辺の、泥の世界で、あの瓦礫のにおいを嗅いだ人間と、テレビ画面でしか知らない人間と、同じ画像は、別な世界に二分され、変わらないまま古い生き方にとどまるものと、次の世界に生まれ変わる二種類の人間を、振り分けるのだろう。
通り過ぎる旅行者のようなボランテイア、ジャーナリスト。
東京本社の記者や、援助者を案内したり、説明したりしながらも、伝えきれない憂鬱さ。
僕らの日常は「特別」でも「異常」でもなく、まるごとの一日の部分なのだ、という・・・。

(初出『ゲンロン観光地化メルマガ #22』2014年10月2日号)

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