親愛なる向井さま 2020.2.28

今回は、あらためて大阪方面へい自主避難した福島県浜通り地方の太平洋沿岸の同胞たちが、日本全国に散らばってその土地土地で、御世話になっていることを思い返し、向井さんのように具体的に支援の温かく力づよい助力をしてくて下さっていることを、深く実感いたしました。
わたくしの郷里の南相馬市は、旧の鹿島町、原町市、小高町という3つの一市二町が平成の大合併で東郷された新市となった区域です。是が丁度、福島第一原発からコンパスで同心円を描線しますと、恐ろしい事ですが、20㎞と30㎞という同心円で区切られて、区切られた三つの地域が、昔のままの、小高区、原町区、カシマ区の三つに文壇されてしまいました。
それは目に見えない抽象的な線が、透明な壁になって、心理的な壁にもなって、せっかく合併された新市を三つの区域に分けて割り戻したという神のいじわるというか、政治の呪縛で、同じ市民を三つの区域に分けてしまったからなのでした。
一帯何が、それを作りあげたのか、ご説明いたします。
それはまず第一には賠償金の差別でした。