スーパーひたちの復活とふっこうステーションと安倍首相の最期のビジョン

スーパーひたちの復活とふっこうステーションと安倍首相の最期のビジョン

 ふっこうステーションは、たしかに原ノ町駅にあの大地震で停車したままで雨ざらしで錆びるにまかせて、やがて郡山の工場に運ばれて解体されたのだから、東日本本社がスーパーひたちを地上から消し去る考えは何も変わらなかった。
 たしかに、特急スーパーひたちを博物館に入れて永久展示させようとか、復活させようとかの運動もイベントもぼくらはやったけれども、これは東日本とは全く関係がない。
 しかし、こうしてスーパーひたちが常磐線で復活してみると、本社が独自の判断でニューひたちを歳開通させる考えになったのだろう。すると、本社の総務部長だか事業本部長だかの偉いトップの赤池さんあたりの発想なのだろうか。
 原ノ町駅長の鈴木さんが、北区の赤池一家を野馬追に招待したのも、関係がない。しかし、ユニークなおーじろう君は、晨朝に鉄道が県に進学したし、すべてが順調に進んでいる。あのオージロウ君とは、ステーションホテルで劇的な初対面できたし、すてきなお母様のあゆこさんともそこで会うことができた。あゆこさんの無線塔を見直せ、という檄文をぼくのブログに投稿したことが僕をフェイス・ブックに入会させてくれる直接の原因だった。
 不思議だ。不思議だ。水戸に出向いて、赤池部長にしなければいけないかわねばとは思うが、常磐線再開通を迎えて、特急ひたちどころではあるまい。これは国家事業の東京オリンピックに向けた最大イベントなんだし、きっと超いそがしいことだろう。
 不思議だ。神様が、ぼくらのスーパーひたち復活を超えて、ニュー特急スーパーひたちの復活と、バージョンアップとは、かみさまがはからってくださった常磐線再復活開通を実現させてくださったに違いない。またあの安倍宰相が、3月14日に、ひたちの常磐線いわき駅以北の開通を決めたのだろうが、聖火リレーの出発点の楢葉のJビレッジ駅か富岡駅あたりに、安倍宰相は登場してテレビ撮影させてさっさと移動するつもりであろう。あの人にも、こんかいのスーパー新ひたちの開通を決めたわけではない。ぼくの考えでは、天地いっさいを作りたもうた創造の神が、あの日本会議の最高権力者の安倍閣下の小さなのうみそに干渉して、こんな不思議を実現させたに違いない。たぶん、これが最後の安倍首相退陣の餞にしようという、神の恩情でもあろう。すべての森羅万象をみずから司る者である、と国会で宣言して「われこそは神である」と言ったに等しい
 これはまさに、天地をつくったわれらが父と地上の神を僭称する地上のニセ神との戦いである。どちらが勝つか。押して知るべし。
 ところで、聖書には、こうある。「あるとき王が壇上に立って演説すると、群衆は叫んだ。「おお、これは人の声ではない。まさに神の声だ」と。この王は、群衆の忖度によって、おだてられること日常的な王であったが、天地をつかさどる神は決断した。この王は、たちまち虫に食われて死んだ。
 聖書は、むかしむかしの現代によく似た政治状況を、こういうふうに描いている。
 ぼくには、これが安倍氏のピエロのような人生のみじめな最期を預言しているようにしか見えない。