常磐線再開プロジェクト2019


ふっこうステーション

ふっこうステーションの主催の代表のぼくが住んでいるのは福島市の県都のある地域で、新聞は県北版という分類になる。だから県北住民には相双版は永久に読めない。根っこのある住民の読者には便利な扱いであるが、わざわざ日曜日に南相馬市の図書館まで行って、イベントが終わってもう一週間もたったのだから、民報に出てるはずだと思って調べてみたら、まあだ出てなかった。出す出さないは、民報の勝手で、主催者のふっこうステーションとは何の関係もない。ただし、取材にやってきた支社の記者には「今回のイベントについては、博物館の二上文彦を中心に書いてくれよ」と頼み込んだ。「甥御さんでしたね」と誰しもががいうが、「そうなんだ。よろしくな」と言いながら、文彦は私と同じ初代二上家の祖父の代の息子たち兼次、政治、勤明の息子らの世代どうし、つまりパネラーの近世の専門二上裕嗣氏は市文化財の長をやっているが、パネラーの二上英朗ふっこうステーション代表はその従弟で、近代をやっている。文彦は兼次の長男の本家の敦嗣の息子として生まれ、子のない郷嗣に養子としてともに暮らす実質的な息子である。だから文彦は正確にはわたしにとって従兄弟の子にあたる。こんな個人情報まで明かすのは、知らない癖に解説したがる田舎者のために、正確な我が家の系統をきちんと認識してから解説しろと言っておくためだ。歴史でも、科学でも、いいかげんな知識と思い込みででたらめばっかり書いてきた郷土史の先輩がたを苦々しく思ってきたので、あえて個人情報までさらして明かす。なぜなら、これが真実だから。パネラーの3人の二上という講師が舞台に上がったのは、企画を担当した岡田雅代女史が決めたことで、そうすると南相馬のくちさがない連中は、「岡田って誰だ」とくだらない質問ばかりする奴がいる。栃木県下野市在住の都市デザインの専門家岡田さんは、今回のふっこうステーションを一人で仕切った事務局長で、あんたがたよりも南相馬市の歴史の急所に詳しい。無線塔のことも、何も知らない原町人よりも、よっぽど勉強してる。常磐線の歴史にも精通している。今回のイベントは、その成果だ。わかったか。これは番外のやりとり。
で、民報に載って初めてイベントをやったことになる。出ないと誰も何もしなかったのと同じだと、南相馬の双葉出身の読者も想っている。彼らにとっては、この町は何もないんだよ、などと抜けたたわごと言いながらぼーっと生きてチコちゃんに叱られるような、わが同胞たちのために、キャプション一つでもしつこく書いておきたい。