人力車に乗って役者が顔見せ 朝日座とふるさとの思い出 野村敏子(旧高平村出身・東京原町会副会長川崎市在住、ノムラ電気専務)
〔朝日座が閉館した。淋しいなあ。小学校の帰り道、朝日座の前で道草をしながらじっと看板を見つめ、一週間、何度も同じ看板を見てはわが家に帰ったものでした。 子供心に入ってみたかった。活動写真に入るなんて親が許さない。そこで兄はよく朝日座の旗持ちをすると無料の入場券と旗持ち代(覚えてませんが五銭か十銭位)をもらって来ては母に見つかり、叱られていた事を思い出します。 また朝日座の役者の顔見せ、人力車に乗って町中に顔見せにねり歩く、まるで野馬追の行列みたいに両側に並んで、おしろいを塗った役者に驚いて見て自分でも人力に乗ってみたいと思った事がありました。 何といっても私の心に残る思い出は朝日座、文化そして、秋市。春は夜桜見吻の夜ノ森公園。でんがく、豆腐、さといも、コンニャクなど、そしてまた上野駅の汽車に向かう時は背中にだんだん遠く小さく無線塔が見送ってくれる。原町に帰る時は無線塔の見える嬉しさがまるで母の愛情にも似ているようななつかしさ。 過ぎし過去を振り返り、ボンヤリと外を眺め、あの頃の風景を思い出し、胸に熱いものがこみ上げてきました。ああ、年だなあ、年をとるとこんなにもふるさとは楽しいものなのでしょうか。朝日座の思い出は山程ありますが、このへんで。〕 (あぶくま新報・平成4年)
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