しからば果して帝国の現状如何。翻って戦後に於ける我国民の生活状態を見渡す時に悲しい哉私は其処に何等仰すべき一大信念を見出し能はないのであります。嘆はしい哉何等偉大なる希望の囁きを聞く事が出来ないのであります。
 そして今や世は滔々として所謂成金を謳歌し物質的肉体的享楽を理想として帝国の使命を忘れ国民的自覚を欠くの状態ではありませんか。
 吾々が過去幾千歳に亘る東西歴史のペーヂを繙く時に幾多諸国の興亡が国民的信念の消長によるものであるといふ事業を見出すのであります。
 例を引いて御話し致しますならば古代希臘羅馬支那の衰微は痛切にこれを立証してをります。
 諸君嘗ては世界文明の源泉であり美術に文芸にその精華を誇って居た希臘羅馬支那は何故に亡国の悲運に呪はれたのでせうか。
 種々の原因もあるでせうが私はこれを国民的深淵の欠乏に依るものであると断定したいのであります。
 我等希臘羅馬支那の国民は文化にこそ燦然たる光を放って居りましたが内に国民的信念の確立するものがなかったばかりに今や空しく山河亡び跡訪ふ遊子行客をして弔滅の涙に袖をしぼらしむるに過ぎないのであります。
 又今度の大戦争に於てあの微々たるベルギーがあれまでに奮闘したのは蓋しベルギー国民の間に磅礴せる国民的信念の力に依るものであはありますまいか。
 私は更に之を個人の間に引用して考へて見たいのであります。
 古代希臘の大聖ソクラテスが彼独特の大雄弁を以て社会覚醒の警鐘を乱打し世の弊風を除かんとして、遂に群衆のために誤解せられ、死刑の宣告を受けた時「正義を信ずるものにとりて死果を又何する者ぞ、余は只正義に依りて真生命を全うせんのみ」と叫んで毒を仰ぎ従容として死に赴いたのも又強盗なる英国軍の侵入によって彼フランス国の運命がただ孤城オルレアンの存亡にかかった時突如ジャンダークが花の身を銀鞍白馬に托し弾丸飛び交ふ戦場を馳駆し遂にフランスを滅亡の危急より救済したのも蓋し皆ソクラテスやジャンダークの体内に漲る一大信念の力に外ならないのであります。又伊太利統一の美はしい歴史の上には快男子ガルバルヂ―の名もありませう。大政治家カブールの名もありませう。明主エマヌエルの名もありませう。然しながら諸君もしその歴史上よりかの憂国の熱涙胸にあふれては口に筆に伊太利の自由を説き伊太利青年の士気を作振し奇矯激越遂に祖国を追はれ異郷に流浪しあらゆる辛酸の間に尚「我は祖国を愛するのあまり遂に祖国を追はれたり」と叫んだ愛国的熱血児マヂラーの名を引き去ったならば、伊太利建国史の花は果たして奈辺に存するでせうか。

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