わたしにとってもっとも古く、はっきりした記憶は、四、五歳の幼児期に誰からも説明されずに脳裏にきざまれた映像は、当時の隠居屋の祭壇に飾られてあった小さなセピア色になった写真です。それは私の生まれる前年(明治四十四年)に亡くなられた曾祖父が大きな聖書を両手に持って、朗読でもするように立っている姿でした。あとできいた話では、当時小高町には数少ないクリスチャン家庭の当主として、教会では「アブラハム」という渾名をいただく程の熱心な人物として、村人からも尊敬されていたことなどよく母から聴かされたものでした。四、五歳頃の私がどうしてはっきりと覚えているのか不思議でなりません。
 (ささきちよ手記より)