松本逸男
自昭和十九年四月二十二日
至昭和十九年八月十二日 二十日殉職

昭和19年4月

  • 4.22.飛行機ヲナメルナ
  • 4.23. 本日ハ朝カラ雨
    飛行演習ナシ、本週三日モ雨ニテ操縦ナシ、何カ他ノ実施学校ノ者達ニ後レテイル様ナ気ガスル、他ノ学校ノモノハモリモリ飛行機ニ乗ッテイルノニ我々ダケガ雨ニタタラレテボサボサシテイル気ガシテナラナイ
  • 4.24.今日ハホントウニ小春日和ダ
    空ニ雲モナク無風、飛行場ニハ陽炎ガ燃エテイル、頭ノ中マデ「ボー」トナッテ4シマヒソウダ
    午前中飛行場ニ円陣ヲ作ッテ座談会
    呑ンビリシタ春ノ整備日
  • 4.25.春ニナッテ来タノガ此ノ頃ハ急ニ全テノ事ニ感ジラレテ来タ。飛行場ヘ出テモ陽炎ガチラチラ立ッテイル。吹イテ来ル風ガ生暖カクテ少々眠クナル。飛行機ニ乗レバ緊張ハシテシッカリヤルガ、「ピスト」ニヲルト眠クテタマラナイ、桜ノツボミモ大分フクランデ来タ。何日頃咲クカガ楽シミニナッテ来タ
    水戸遠戦ノ故佐久間少尉殉職サル、実施学校ニ於ケル同期生トシテノ最初ノ尊キ犠牲ナリ、第五十七期生ハ精鋭ナリ、負ケルモノカ、シッカリヤラウ
  • 4.26. 飛行機ヲオソレルナ、飛行機ハ我々ノ武器ナリ、
    然レドモ之ヲアナドル事勿レ
  • 4.27.我々ハ操縦ハイツモ必死ニナッテヤッテイルノダ、我々ガ桿ヲ持ッテイル時ハ其所ニハ邪念モ妄想モナイ、コレコソコレ程純正ナル心境ハ他ニハ見付ケル事ハ出来ナイト考ヘル、特ニ編隊ハ此ノ心境ニヒタリ切ッテイル
    長機ヨリ他ニ何物モナイ
    此ノ心ニ対シテドウシテ笑フ事ガ出来ヨウカ
  • 4.29.天長ノ佳節、航空制限ニテ飛行演習ナシ
    午後ハ体育、テニス、球戦ニテ久シ振リニテ大分消耗シタガ戸外運動ハ心身共ニ爽快ナル気セリ
  • 4.30. 浪江ニ外出ス

昭和19年5月

  • 5.7.原紡ノ慰問演芸相当ナモノ
    「花ハ紅ニシテ山ハ之レ静々」
    本日ニ気流ハ全クスゴカッタ、コンナ気流ハコチラヘ来テカラ始メテダト思ハレル

昭和19年6月

  • 6.12.「今日モ双練離着陸、タッタ二回デハ物足リヌ」トハ言フモノノ、其ノ中ヨリ一回一回何カ一ハツカミ得ルモノト信ズ、タッタ二回ヨハ言フモノノ状況ハ全ク異ナルモノナリ、其ノ異ナル状況下ニ於テハ何カ意義アルモノヲツクルベキナリ
    所長殿離任式アリ、直チニ出発サル、「所長サン、ホントウニアリガタウゴザイマシタ」
  • 6.22.一世一代ノ大不覚ナリキ、否、今日ニ限リタル事ニアラズ、生来ノ性格ガ今日ノ事故ヲ惹起シタルモノナリ、自分ノ注意分配不良、状況判断力ノ劣悪、状況急変ニ応ズル心ノ落着キノ足ラザルコトヲ遺憾ナク暴露サレタリ、コレ等ハ操縦者トシテ最モ大ナル欠点ト見ナサルルモノナリ、危険操縦者、サモアラバアレ短カキ我ガ生命唯期日ノ問題ナリ、国民ノ血ノ結晶ナル飛行機ヲ大破セシメ誠ニ申シ訳ナシ、本日ノ此ノ事故ヲ教訓トシテ踏台トシテ再ビ本日ノ如キ事ナキ事ヲ期ス

昭和19年7月

  • 7.2.少尉任官
  • 7.3.空襲警報第一種発令、危局緊迫ノ折カラ当然ノ事ナリ、別ニ感慨モナシ
  • 7.7.操縦演習、物凄イ嵐ノ中ニ烈風ニフキサラサレナガラ、シッカリト立ッテイル様ナ気持チナリ
  • 7.18.サイパン島玉砕
  • 7.30.杉本少尉殿殉職セラル、遂ニ襲撃班ヨリモ犠牲者ヲ出シタリ、空中操作中錐揉ニ入リ新田川河口海上五十米ノ所ニ突入

昭和19年8月

  • 8.1.杉本中尉ノ部隊葬実施サル、航空兵ノ常トハ言ヒナガラ昨日マデ顔ヲ合セシ友ハ今白木ノ箱ノ中ニ在リ、ウタタ感無量ナリ
  • 8.6.久木元少尉不時着、幸ヒ松林中ニテ緩衝ニナリテ僅カ額ニ負傷セシノミミテ元気ナリ
    故杉本少尉ノ殉職ニ日ヨリ丁度一週間目ニ又モヤ事故アリ、変ナ気ナリ
  • 8.8.大詔奉戴日、亦モヤ事故アリ、川口少尉飛行場内ニ胴着ニテ約H=10米ヨリ失速気味ニテ水平ニ激突、モウモウタル砂煙ノ中、幸ヒ火ヲ発セズ、頭部ニ大分重症ス、意識不明
    続イテ起ル三度目ノ事故、何カ精神的打撃無キニシモアラズ、事故ハ起リソウナ演習ノ空気アリ、クヨクヨスルナ、事故ハ起リシ場合ハソレデ致し方ナシ、元気ニヤレ
  • 8.12.又モヤ事故、谷本少尉不時着、負傷ス、前ノ川口少尉ノ場合ト殆ド同ジ状況ナリ、斯クモ続イテ同ジ様ナ事故ヲ起ストハ、不思議ト言フヨリモ滑稽ナ感アリ、死ヌ者ハ死ニ、負傷セル者ハ負傷スルダケデスム
  • 8.20.松本逸男殉職

両親への書簡

昭和19年8月4日

少尉任官の任官手当四百円小為替で送ります。それから他の一枚の五十一円は少尉任官の最初の俸給です
これは航空加俸四十円を差引いて こちらで貯金してあります この任官最初の俸給の半分で御両親様の御必要な事に何なりと御使用下されば幸ひと存じます 残りの半分は妹にやってください 暑さきびしき折から御自愛の程を御祈り致します 右とりあへず御知らせまで

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