昭和14年4月 飛行場建設着手
- 所在 福島県相馬郡太田村
- 敷地 民有地及び国有林(約半分宛)
- 設計 陸軍航空総監部
- 工事責任 高木部隊本部(第二航空司令部)
- 工事担当 三代第二師団経理部 梶川陸軍義士
- 業者 株式会社熊谷組 下請五十嵐組
- 施設 飛行機格納庫(小型機12機格納)2棟
他敷設設備、本部舎、学生舎、講堂、車庫、炊事、集会所、倉庫、燃料庫、及び弾薬庫等
昭和14年12月
- 原町飛行場要員(軍属)約70名現地採用
埼玉県大里郡三ケ尻村熊谷陸軍飛行学校教育隊に於いて原町要員教育開始
昭和15年1月 原町分教場編成
- 熊谷飛行学校内に原町分教場開設委員会発足
開設委員長 陸軍航空兵大尉深田徳治
委員 学校副官 林 大尉
昭和15年3月 教育代替編成となる
- 熊谷飛行学校長 陸軍中将 岩下新太郎
幹事 陸軍少将 加藤伊義
教育隊長 陸軍大佐 神谷正雄
第二大隊長 陸軍中佐 田副 某
第四中隊長 陸軍大尉 深田徳治
昭和15年6月 原町飛行場開場
- 昭和15年7月 雲雀が原航空神社創建鎮座
石碑題字 岩下新太郎中将謹書教育開始
中隊長 深田徳治大尉、副官 葛西与助准尉、教官 岡本中尉、先任助教 佐野准尉 助教 折尾准尉以下10名、整備班長 吉田准尉
学生
昭和15年7月~9月
- 第86期操縦下士官学生 48名
- 学生長 佐藤曹長
- 使用飛行機 中島飛行機製
95式三型練習機 中練 複葉、複座、350㏋ 14機
同飛行機製 99式高等練習機 直協偵 低翼単葉複座 650㏋ 2機
生徒 昭和15年10月
第一大隊 生徒隊 第一中y隊 吉永隊
少年飛行兵第9期生重爆班28名 杉村真 他
昭和16年1月 明野移転
- 三重県渡会郡北浜村明野陸軍飛行学校教育科第一中隊飛行場に移管される
- 教育科長 陸軍中佐 近藤三郎
中隊長 陸軍少佐 杉浦勝治
副官 木村中尉
主任教官 陸軍大尉 丸田文雄
先任教官 陸軍大尉 神保 進
整備科長 坂口少尉 - 使用飛行機 中島飛行機製
97式戦闘機(低翼、単葉、単座 1250㏋ 20機
95式偵察機(複葉、複座)
95式戦闘機(複葉、複座)仮設敵機用 4機 - 学生 昭和16年3月~5月
陸軍士官学校53期航空転科乙種戦闘操縦学生 50名
昭和16年5月 杉浦少佐飛行第11戦隊転出
- 教官 宮林茂徳、平野敦両中尉々転属
中隊長 陸軍少佐 福だ武雄 - 学生 昭和16年6月~8月
陸軍士官学校第53期
航空士官学校第54期 乙種戦闘操縦学生 60名
第一格納庫完成 木造高山式(大型機6機、小・中型機14機格納可)
昭和17年4月
- 助教渋谷軍曹、岡本、雨宮曹長
少尉候補者として陸軍航空士官学校少尉候補者第22期入校
昭和17年6月
- 水戸陸軍飛行学校廃校、仙台陸軍飛行学校新設基幹校として移動
昭和17年7月 鉾田校に移管
- 茨城県鹿島郡鉾田町鉾田陸軍飛行学校第二中隊飛行場に移管
中隊長 陸軍少佐 岡村正義
副官 鴨口中尉
主任教官 陸軍大尉 辻英太郎
整備班長 田辺少尉 - 使用飛行機
99式襲撃機(低翼、単葉、複座)1250㏋ 14機
97式軽爆撃機(低翼、単座、複座) 3機
99式双発襲撃機(低翼、単葉、双発、4座、6席)
950㏋ 2基 2機
昭和17年8月~昭和18年1月
- 陸軍士官学校第55期生 (航空転科)乙種襲撃学生 25名
- 教育要員として梅野、安楽慶一郎 大尉
- 6月~10月 航空士官学校第56期乙種襲撃班学生 30名
- 航空審査部より研究学生
学生長 安楽慶一郎 大尉 - 陸軍士官学校第56期(航空転科)乙種襲撃操縦学生 2名
昭和18年9月
- 航空士官学校長菅原道大中将視察
昭和18年11月~昭和19年1月
- 第一滑空飛行戦隊(東部117部隊佐藤隊)
- 特別操縦見習士官第一期生 28名
- 使用飛行機
97式重爆撃機2型 体よく、単葉、双発、5座7席 1250㏋2基 3機
一式双発高等練習機 3機
昭和18年9月
- 岡村少佐、飛行第32戦隊長に転出
- 東、永田、浜田少尉同隊付
昭和18年10月
- 陸軍中佐古木重之 参謀本部より転出(着任)
中隊長 古木中佐 教官以下移動なし
教育 教官要員及び教官襲撃教育
山本卓実、皆川博、松井浩、梅野清人、渡部忠良
昭和19年1月~3月
- 召集尉官学生
- 甲種襲撃操縦学生(戦隊長要員)
昭和19年5月
- 鉾田教導飛行師団原町飛行隊と改称
- 陸軍士官学校第57期(航空転科)乙種襲撃操縦学生
学生長 橋本進
昭和19年7月
- 少年飛行兵第13期生 襲撃操縦生徒 25名
昭和19年11月
- 陸軍特別攻撃隊(比島特攻)原町飛行場編成
勤皇隊 山本卓実 中尉
鉄心隊 松井 浩 中尉
皇魂隊 三浦恭一 中尉
昭和19年12月~昭和20年3月
- 飛行第65戦隊再編基地
戦隊長 吉田 陸軍少佐
昭和20年3月
- 陸軍特別攻撃隊第45振武隊編成
隊長 藤井一 - 陸軍航空士官学校第58期乙種襲撃操縦学生 20名 4月満州へ
昭和20年6月7日
- 陸軍特別攻撃隊第63振武隊出撃
難波准尉以下6名
々 6月11日第64振武地出撃
渋谷大尉以下9名
昭和20年3月以降
- 終戦迄 本土決戦特攻隊錬成基地
昭和20年10月
- 米陸軍ニューヨーク100歩兵連隊 雲雀が原に進駐 武装解除
- 周辺学校に設置した銃器、刀剣などを回収。飛行場に残っていた陸軍機を焼却処分する
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