富澤忠さん 原町無線塔物語p74より

4・15 夜の森・桜並木1979
 原町無線塔物語のテレビ化で、富岡の磐城無線電信局受信所跡を、桜の見事なこの季節に撮影したかった。それはできた。
 日曜日、15日を待って富岡へ出かける。
 三年ぶりで訪れた富岡深谷の富沢老人はすでに亡かった。
 昭和二年頃の写真がある。富岡受信局は桜の若木の並木が写っている。それが今日、立派な花をつけ、春のトンネルになっている。
 若い三代目氏が出て来て、いろいろ語った。彼は、夜の森公園で町民野球大会から帰ってきたところであった。
 春は巡りきて、老人は逝っていた。桜がこぼれはじめ、葉桜になりかけていた。
 抱いている赤ん坊の生え初めた歯が白く光る。
 むこうで二人目の子供をおなかにした奥さんが、洗濯物をとりこんでいる。
 そうですか。そうでしたか。
 そこで失礼して夜の森へ行き、別な一件で「夜の森開発」について取材し、さあこれで用件は済んだ。夕暮れ、双葉バラ園に寄り、さまざまなつぼみを眺めながら、また片付けなければならなぬことを思い、しかしいくらか気が軽くなっていた。
個人雑誌「芽月共和国」より


2020年1月26日 富岡町旧富澤農園の磐城無線局富岡受信所跡地を訪れる人。金出調査員のほかは、初めて知り、初めて見たが、大正9年にできた当時のことも、昭和2年の改造時のことも、何も知らない。


古い逓信省時代や、昭和初期の磐城国際無線株式会社時代の絵葉書に見える、ロータリーの跡だけが確実な歴史の証拠だった。


大学4年生の時に書いた無線塔ものがたり、は初めて富澤農園の夢を聞いた。自分の農家は磐城無線局の局舎という歴史的な建造物だと役場に訴え続けましたが、ついぞ調べに来たことなく、つい最近になって、老朽化で解体を決めた富澤家からの連絡を受けた町教委が、史上初めて深谷の跡地を訪問。別の仕事で南相馬市の建築について調査中の金出さんを呼び出して、年末のクリスマスにようやく地上から消える寸前に、記録した。

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