「いなかぶり」は島尾の幼年時代への追想を描いた

「いなかぶり」(近代文学・昭和26年10月号)……は、作者の生い立ちや肉親への幼い頃の追憶である。「いなかぶり」は島尾の故郷であり、夏休みごとに帰っていた福島県小高町のいなかを舞台にしている。冒頭の潮の満ちてくる崖際を祖母と一緒にわたろうとする場面は、平和な日常の中にひょっとしたきっかけであらわれる死の恐怖を描いて緊迫感がある。
(中略)
いなかの田園の幻想的な風景の中に展げられるキイとの幼い愛と戯れもひなびた美しさがある。ちなみに分中にある祖母から教えられた「シガサマやニホンマツハンやハンニャハンの屋敷」云々は志賀直哉や埴谷雄高の先祖の家である。埴谷雄高の本名般若豊の生家であるハンニャの名は幼い作者の魂に刻み込まれ、怪奇な幻想をはぐくんでいたのだ。「荒正人氏の家が城下士で、般若家が郷士、志賀家が相馬藩の家老」と、作者は「不確かな記憶の中で」(近代文学35年12月号)に書いているが、志賀直哉、荒正人、埴谷雄高、島尾敏雄とそれぞれ資質の異なった文学者が同じ土地から出たということは面白い。

と文芸評論家の奧野健男は「島尾敏雄作品集」第二巻の解説312pに記している。

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