to Yoko

近所に銀行が二つもあるのに、やっと銀行に行って金を引き出せました。実はわたしのボデイガード兼運転手はロシア人らしくて、一週間に一度か二度しか銀行に行ってくれません。すぐに「花屋に行ってくれと」言ったら、一日に一度、一つの事しか行くべきではない。「一時に一度のことをやる、それが安全で確実だ」、というのです。それでしかたなく、翌日に吹雪の日に、自分で歩いて花屋まで行ってきた。息は切れるし、休み休みして途中の店でラテを呑んで、一息ついて、ようやく花屋にたどり着いた。そうしたら、店じゅうが、ピンクのガーベラで、あふれこぼれんばかりではないか。そのとなりには真っ赤なガーベラが。その反対側にはピンクの薔薇が咲き誇っているではないか。「かわいらしいアレンジメントをつくってくれ。かわいい春らしいやつをね」
かしこまりました、というから、すぐ作ってくれるものだと思ったら、「お持ち帰りですか」と問うから、「TOKIOに送ってくれ」と命じた。
「ふーむ。TOKIOですか」瀟洒な小さな店は日本人の若い、いや若くもない、ほどほどの夫婦であった。KUMASAKAという名前は、この辺の家々にはありふれた地元の名前だ。いぜんに聞いたら、この辺の昔の地主だったらしい。何代目かの子孫が、周りを切り売りして暮らし、今の代になって花屋を始めたそうである。
奥さんは、旧姓は別の、何処からか嫁に来た人らしいので、性状も性格も習慣も趣味も何もわからないし、今まで花篭をつくってくれていた夫君とは、まったく感性も違うことだろう。「それでは、来月の火曜日が花の市場の立つ日ですから、新鮮なほうがよろしいでしょう。それともお急ぎになりますか」と奥さん。
見事な日本人だった。「その日に作って送りますから翌日の水曜日には届きます」と。なるほど、僕の頭の中では、あの有名なロシア人の歌が鳴っていた。
ちゅらちゅらちゅらちゅらら~♬
恋人よ、これが、ぼくの一週間の仕事です。
ロシア人のしごととは、何と手間のかかる、時間のかかる、豊かな幸福感と充実感のある日常なのであろうか。
現代日本のなんと便利な経済的で効率がよく、合理的なシステムの、同時になんとせわしい暮らしでああることか。恋人よ、これがぽくの一週間の暮らしです、などと歌って、人生を謳歌するような代物ではないな。
誕生日の前日に電話一本花屋にかければ、時刻どおりに花はとどく。
確実で、安全で精確で、なにかつまらない。
驚きもなければ、危険はないし、喜びはあるのだろうか。
要件が済むと、もう花屋の店は、もうすぐ閉まる。
タクシーを」捕まえるまでのことはない。
さきほどまで降っていた氷雨混じる冷たい空模様はおちつき、これなら歩いてもれそうだ。
ぼくは、あふれるような、こぼれるような大海のピンクのガーベラの中から,一滴を」すくいあげるように一本だけ買って、妻に手渡すために、くるんでもらった。
150円。なんて、素敵な一週間と、豊かな一日だったことだろう。
ぼくはしあわせで、満足さに満ち足りて、帰り道もあったかい気持ちで30分歩けたよ。
恋人よ、これが、僕の一週間の暮らしです~♬。
鼻歌が自然と出て来た。
ロシア人っていうのは、あんがいにいい奴らに違いないな、と僕は思った。
三つのことばを書いて送ったものの、こんつぎはちゃんと発音まで調べないとな。