松楽座の開場

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 松川村にはかつて松川座という芝居小屋があったがすぐに閉鎖し、松川村を基点とする鉄道川俣線が敷設着工されたのを機に、村勢発展を企図して阿部運送店が一万数千円を投じて公会堂兼劇場「松楽座」を建設。大正13年9月23日、落成開場した。福島警察署長はじめ有志数百名を招待。午後一時より開場式を開き、挨拶に登壇した阿部店主は開会の辞で「由来松川は一の農村に過ぎざるも、昨今川俣鉄道起工と同時に著しく発展したのであるが未だ公会堂も劇場もなく為めに村民の慰安娯楽の道もなくわざわざ福島や二本松に行かねばならぬのでいつか之を除く為め劇場にして且公会堂を兼ねたものを建設せんと考へていたのでありましたが、今回村内有志の助力を得て此松楽座を建設した次第である、農村振興等の声も盛んでありますが折柄よく働きよく遊ぶといふ風に村民がなりますれば農村の振興は期せずして実現し得る者と思ふのであります、幸ひにして我松楽座がその目的に添ひますならば私の深く肯綮とする所であります」と劇場開設の動機を述べた。続いて桜内村長らの祝辞あり、親族代表茂木氏が答辞を述べて宴に移り石川金六丈一座の芝居「揚巻助六」「千本桜忠信」を喝采裡に午後十時まで上演。二十四、二十五、二十六の三日間興行した。

戦後の松川の映画館

松川 昭和18年から28年まで戦中戦後の一時期に町内の杉内呉服店が経営する本町劇場が存在した。同町の機操場を改造しただけの小さな館だった。「館内に柱が残っていて、首をよじって画面を見たものだ」と当時を語る人もある。本町劇場と入れ替わりに26年から旧街道沿いに第二松楽座が出来て映画上映を開始。第二松楽座の経営は、福島市天神町の木元光・社。湖南町で廃館した映画館から椅子や設備を転用した。松楽座の興行は、演し物はともかく興行日には花火を上げて住民に知らせた。しかし第二の方は映画施設である。映画の黄金期の30年代には、第二松楽座の方が入気があった。松楽座は昭和37年に閉館した。

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