70年後の帰還

きのうの福島県地方の夕方のテレビニュースで、双葉町のわずか20%の面積を避難勧告の解除という形だけの復興の一歩にしてしまって、アリバイづくりにした。併せて大熊町をも同じような形だけの避難指示解除のアリバイ工作を作り上げて発表してしまった。
やれやれ、ひでえ話だ。地方新聞もとっくの昔に行動を中止したが、いまだにオリンピックの聖火リレーがどうのという夢ものがたりでえんえんと紙面を埋めているのを、銀行や薬局で見かけるにつけて、困ったものだ。
大津波と原発事故の複合天災と人災の試練を受けた双葉町と大熊町の住民が、はや帰郷だと騒いでいるのは、本当の帰還ではない、見せかけの復興をハリボテで芝居の書き割りの如きペンキ絵のようなものだとぼくは思ってみてる。

たとえば、ユダヤ人のバビロン捕囚という事件があって、はや10年後には帰還がなしとげられ、復興されたなどとどうしたら復興したなどいいえよう。
実は、ユダヤ人が永遠の都とみずから称賛して来たエルサレム陥落のあと宮廷貴族らは、バビロニアに捕囚としれ連行され、特権階級でもあった宗教貴族たちは野蛮な方法で、たとえば頬の最も柔らかい肉に
鉄のフックの鈎をっかけられて、家畜のように辱められて連れてゆかれ、見世物として見物され、異国の首都で暮らさざるを得なかった。これはインテリ人間には最大の屈辱であった。いはばユダヤ的独善を誇って来た種族にとっては最も効果的な教育的拘引であった。
これは単に現在のイラクやペルシャにあった国々が軍事的に産業的にすぐれていただけのことであって、ユダヤの誇りたかいインテリにとっては「やせがまん」でも、バビロニア、バビロンは「悪の帝国」と蔑称するほど、やっかみの対象であった。
アッシリアは鉄を作っていたし、ヒッタイトもそうだ、しかも馬民族で勇猛で強い。広大な小アジアの今のトルコの大陸を疾駆していた。
これに」比べれば、エルサレムは山の上の盆栽天国であり、せいぜい青銅という融点の低い錫と亜鉛の合金でしか」剣もやりも作れない。鉄を持った精強な騎馬軍団や「戦車」という恐ろしい兵器さえ持っていたのだから、ユダヤの王国は、「われわれにも王を与えよ」と民衆がエホバの神に懇願せざるを得なかった
巨人兵ゴリアテと少年ダビデの一対一の決闘を思い出されよ。ダビデの武器は、なんと、石礫であった。