野口英世と星一の友情ものがたり 小西運転手のための講座

野口英世の母親は、日本語の文字を読み書きできなかった。
もちろん、英語など話せるわけはなく、文字もちんぷんかんぷんであった。
せめて、と母は思った。せめて、文字を勉強しようと。
そうすれば息子に手紙を出せる。投函するのも、息子の住所を調べるのも、誰かが助けくれるはずだと考えた。
しかし、母の力は偉大なり。そして天の神の力は偉大なり。それらは、同じことだった。
ついにひらがな文字を読み書きできるまでに上達して、アメリカの息子に自分の意思と要望とを伝達したのであう。
これは、母の愛の奇蹟であった。神の心を動かしたのである。「それらは、同じことだった」と、私が書いたのは、まさに、こういう意味である。
母はシカという名、英世の姉はイヌといった。
なんと動物園のような名前の野口母子の一家は終生家族として血を分けた肉親としての愛情で結ばれていた。
読者は、あの野口英世の母シカから遠いアメリカに渡ったまま帰らぬ息子、25歳で別れたままの息子に宛てた感動的な手紙を知っていよう。

帰ってきてくだされ。
帰ってきてくだされ。東さ向いては願い、西さ向いては祈りしております、と。あの人の心を射て貫く鮮烈な文章でつづられたる手紙だ。
、ニューヨークでアメリカの財閥の研究所で50歳まで帰国もせず。人間発電機、ヒューマン・ダイナモと呼ばれたほど、彼はいつ寝るのか、と驚かせたほどの精力家であった。
彼はニューヨークのレキシントン街のアパートで、煩悶した。
文字も書けず、」文字も読めない母が学習し、それが息子のもとに手紙を書くためだけのおして、目的で、成し遂げた理由であることを知っており、大粒の涙を滂沱と流したことであろう。
ぼくは極く普通の日本語能力の持ち主だからこそ、彼等ふたりの間に、一瞬のうちに第電力で打ちのめされた瞬間を容易に想像が出来る。
国語教師として四年間、地元の農学校で子弟を教え、理想の教育を夢見た宮沢賢治にならって、農業高校の教員となったが、現実の職員室で具体的な世俗的な話題で、生活のためだけに教師をつづけて、とっくに理想から乖離していた同僚教員の」姿に是t棒して辞職したところまでまねして四年で辞めた。

さて、ニューヨークの野口は、フェロー生活は快適だったが、この母の手紙がもたらした郷愁には困った。
自分の中に押し殺して四半世紀を生きて、世界中をかけまわり、あまたの栄誉も勲章も銅像も、何の意味もなかった。
ひたすら研鑽を積んできたのは、人類のための発見であった。石油を求めて世界中の蚊のいる国で、最もこの小さな昆虫が人類を悩ませている。
どんな英雄もマラリアにはかなわない。いくら用心しても、あの小さな虫の注射で、人は苦しんで死ぬ。
そのために、ロックフェラー研究所は彼を工学の給料で雇っていた。
しかし、母から手紙が届いたのは驚きであった。嬉しいが、困惑した。どうしよう。帰国したいのは、もとよりの当然の情だ。

しかし、メアリーがいる。
アイルランドからの」貧しい移民の子である彼女との結婚生活は、幸福で快適ではあったが、一時帰国して故郷ニッポンで、母に会ってくるというプランは、それは完全で理想的な計画ではある。
しかし、だいいち金がのだ。いったい、同級生も友もない異国のニューヨークの地で、一体」誰に金の無心をすればいいのか。