逢坂

本陣山の山蔭にビジネスホテル逢坂がオープンした。告知チラシの謳い文句は、サロンに骨とう品の藤原定家や山岡鉄舟の揮毫の書が飾ってあるというものだった。川俣生まれの経営者が、首都圏で長く働いてきたたくわえを趣味の骨とう品に費やしてきたので、これをおたからにして、ビジネスマン相手の安価なホテルを始めたい。くわえて相馬の名物「野馬追」の季節には、歩いて雲雀が原での祭りを見学できる便利な地の利にしたという。
ただし筆者には、骨とう品の趣味はないので、ホテルの開店記事のほかに、特段の興味もなかった。
九州生まれの流れ者の東清和氏にとっては、原町という新開地で、地方新聞の稼業を始めるにしても、それほど土地に友人がいるわけでもない。
彼にとって共感できる同年代の新市民というのは、結婚を機に田舎の原町で暮らすようになったという共通点で、外部から東北の田舎町を客観的に見えるという視点を共有するということであったらしく、なかなか地元の人間の絆に入り込めない鬱屈を、こうした新しい仲間を集めることで、自分独自のグループにしたいということらしかった。

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逢坂”へ1件のコメント

  1. まゆ より:

    こんにちは。
    お変わりなく過ごしていますか。
    いつも原町の様子を教えていただきありがとうございます。
    10月12日の大水害で山道という山道が壊滅状態になり、山の中の小屋に澤水が流れ込むということまでありました。床上浸水で猫の玉三郎が小屋から脱出できないということも経験しました。3.11東日本大震災以降、筆甫は水害と雪害の連続です。

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