蟻塚亮二

サイパンのバンザイクリークから投身して行った女たちのために、医者のいない双葉の津島や葛尾に開拓入植し、目の前で我が子が死ぬのを見守ったお母さん、沖縄、朝鮮、満州、フィリピン、青森、フクシマ、と続く国策の棄民、放置、無視、差別、暴力、いじめ、嫌悪、無関心のすべてから、あらゆる背徳から解放されて、赦せる日がくるまで、僕は泣くだろう。祈るだろう。非難もするだろうし、批判もするだろう、提言するだろう。書くだろう。未来の彼らの子孫が、先祖がなした罪を知らずに生きられますようにと、神に祈り願う。それしか僕にはできないから。誰をも恨むことなく。この国を嫌う事なく。すべてに感謝し、すべてを神にゆだねて。

同じことは、太平洋にも北南米にも中米ドミニカにも、他のアジアの国の日本人にも言える。捨てられた日本人のすべてに言える。国内の身障者にも、ハンセン病患者にも、カネミ油症の患者にも、水俣病患者にも、原爆被爆者にも。交通事故で両親や身内を失って高校を辞めざるを得ない子供にも、小中学生を満足に卒業できずに見放されて夜間中学にかよっている福島の夜間中学生にもいえる。そこに通って教えている元文部次官に助けを求めて。自主被災者で住居を取り上げられて冷酷知事から二倍の家賃を請求されている人々にも言える。

NHKは「リンゴの唄」を、戦後の健全な歌として国民すべてを洗脳させようとしているが、なかにし氏のような鋭い視点をもって、またそれに共感して泣き続ける僕らのように、この国に違和感を覚える異種異形のものには、ぼくらが共感するのは、しえたげらえるものの側の者ばかりだ。