藤子不二雄マンガ・ヒーロー大会

こんなにヒーロー&ヒロインたちの藤子不二雄マンガ大会

コロナでもシムラのようには死なない不朽のわれらのヒロインズたちよ
ぼくは酒とたばことキャバクラでバイタルを人間生存の最低点まで下げて、霊的な人間的弱さと比較的肉体の老衰で、最後の肩をコロナに推されて、あっという間に死んでしまった志村は、倫理的問題で死んだのだ。彼がキリスト教会で、創価学会でもいいから、霊的訓練を先輩から受けておれば、倫理的理由で死ぬことはなかったであろう。そこが、藤子不二雄のヒーローたちとの違いなのだ。わかるね。肉体は弱い。性欲に弱く、食欲に弱く、酒の中毒に弱く、たばこの中毒に弱く、覚せい剤をやらなくたって、簡単に死ぬ。みたまえ。美空ひばりは最高級ブランデーしか飲まなかったが、じゃぶじゃぶ飲んで50歳で死んだ。石原裕次郎もブランデーをのみ、ヘネシーを呑み、ジョニ黒を呑み、しかもじゃぶじゃぶ呑んでとうとうキリスト教的愛の欠乏で死んだ、50歳とちょっとで。
江利チエミは、最愛の理想の夫高倉健と祝福されて幸福なはずだったが、(江利チエミは家庭に入ればよかったのに)なまじ有名で人気があって金を選んだがために、好き同志なのに分かれた。よくある話だ。金は二人ともくさるほどあったのに、二人で稼げばお城が建つと考えた。これは人間的な知恵のなさゆえであった。人間は金がば無くとも幸福になれるのだ。
つまり、ヒトを愛する献身と、わずかな金といっぱいの愛さえあれば。別れた江利チエミは、分かれてみて初めて知ったのだ。いちばん何が大切なのかを。すぐ戻って愛し合えばこんなことにはならなかった。思考して家庭にはいればよかったのだ。あるいは高倉健も、男の意地にこだわって、理想の結婚ではなかったのを知った。間を取って、二人とも、同じ人生の半分づつ仕事をやめて、家庭で暮らせば、二人とも愛し合って生きられたのだ。つまり江利チエミは、愛する男に捨てられたと思い込んで勘違いし、さびしくて寂しくて、安いウイスキーに牛乳で割ってがぶがぶ呷って、愛の欠乏症と、肝臓を壊してわずか40代で死んだ。多くの芸能人は宗教をを持たず、神を信じず持たずに、自分の力で市井の一般人よりも金をかせぎすぎて、死ンダのだ。いいや、イエス様がこう言っている。
「人間は愛と金(マンモン=富)の双方に仕えることはできない、と。
新約聖書 マタイ伝を身よ。ルカ伝をもみよ。