薩摩芋ものがたり

さあ、夕食を食って、いよいよ本番が来た。いえいえ、美しい愛妻が、手づから準備して下さった夕餉、晩餐をありがたく頂いて20階ぐらい「ありがたい」「おいしい」「感謝しているよ」と絶賛して、これからの時間を邪魔されずに、FBに熱中させていただく。
例によって、クリニックから帰宅するまでの20分で、小西運転手を相手に
きょうの特別個人授業を注中、しゃべり通してきました。今夜は、長州藩の子弟だというだけで、山口県の生まれというだけで、いかにぼんくらでも政府の要職につけたか。なぜ安倍のような気違いが、日本国のような素晴らしい民主主義の国家のトップにのぼりつめて、そのまま内閣総理大臣でいらるのかの秘密について、語りあかして証明し、かつ面白おかして笑わせながらよくわかる簡単な原理を、小西さんに聞かせたかをここに再現いたします。

2月19日、小西運転手に帰宅までの20分間、お話をした。今夕は、戊辰戦争について。
その前日、我家でさつまいもが出たので、いつもの例話を紹介した。
さつまいもは、名の通り、江戸時代の末期に鹿児島県の旧名薩摩の国に普及した薩摩藩の主食の薩摩芋のことをいう。この芋は、米のあまり取れない薩摩においては、その土地によくあった植生でよく育った。
芋がよく育つと、温暖で食糧に恵まれた国を富ます。
男女ともに健康ですくすくと育った薩摩の少年少女は成長するとどうなりますか。当然のように、ヒトの種は雌雄ともにカップルを求め逢って出会い、人生の伴侶と共に幸福に過ごしますわな。そうなりますと当然のことに子を産みます。
かくして、薩摩は人口爆発し、この量は質を変質させた。すなわち、これは革命をもたらした。
薩摩藩はコメがとれないかったので、米の余っていた長州藩からコメを輸入するルートがそもそも存在した。これがのちに薩長連合につながる。決して坂本龍馬が初めて薩長連合を結び付けたわけではない。
歴史の真実と、幕末小説のフィクションとの乖離をかかえたまま、サンケイ新聞の文化部長の福田さんが、たまたま彼のウソ話が昭和40年代に爆発的に売れ出したからといって、これを国民文学などと絶賛することは、辞めて欲しい

「芳賀看護師に捧げるオード」につづく。