菅野さん。もう一人の運転手。

ニ週間ずつ交代で送迎バスで送り迎えして下さるぼくの通院するクリニックは、他の医院が自分で通院する方式の施設よりも有利だと思った。今は自分で運転して利用できても、透析は死ぬまで機械のお世話になるわけだから、いつかは免許を返納して送迎のお世話を受けなければならない。
それなら、このクリニックで今から世話になろうと自分の都合で考えただけのこと。
世話になる医院に、ああだこうだと批判しても仕方がない。結婚と同じで、多少の不都合があっても、割れ鍋に綴蓋のことわざもあることだし、身のたけに相手を合わせる無理を通すよりも、相手に自分が合わせて生きることのほうが賢い。神の意志といっても、自然なのが一番だ。
小西さんについては、すでにさんざん書いた。きょうは別な菅野さんという運転手について紹介したい。
ぼくと同輩の年頃だが、菅野さんは一年前に奥さんを亡くしたという。
肺癌だそうだ。
ぼくの家とクリニックのおうふくは、行に20分、帰りに20分かかる。一日に40分も、密室で二人きりで黙っているわけにもゆかず、こちらは無類のおしゃべり好きときてる。ぼつりぼつりと、話を聞くともなく聞くと、彼らの結婚生活の全貌がおぼろげに見えてきた。
二人とも猫が好きであること。
菅野さんの少年時代は、ぼくと同じく福島の田舎暮らしそのもので、何もないラジオ一つが娯楽の、山や田んぼや小川で遊んだ思い出がぴったりと話が合う。小西さんが、都会に出てからの大学時代の同じ同窓で、地下の学生食堂のメニューのA定食とB定食の微細な差異まで、説明ぬきで通ずる共通体験を共有する。