大原病院2020.1.30

火曜日(1.28)の心臓定期健診を大原で受けて、医師間の手紙を患者の私が水曜日(1.29)に運ぶ。事務の窓口に差し出して「きのうの結果の数字です」と言いながら、宛名が「橘内」様になっている。わたしのクリニックの主治医の院長は「鈴木」なので、明らかに間違っている。大原病院の間違いだが、わたしの心臓を診てくれている佐藤先生の過誤ではなく、医療支援センターという部署の過誤だ。この部署は、大きくなり過ぎた大原病院の郵送を一手に支援する部署である。
なぜ大病院は、こんなつまらぬ過誤をするのか。理由がある。
有能な人材の塊でもある総合病院だからこそ、なのだ。
そもそも医療支援センターなる組織は、大きくなりすぎた大病院の非効率を削減するために、専門の医師、看護師、検査技師などを専門職に限定して、郵送などの些事の事務は、切り離して支援センターにやらせる。
ところが、この支援がくせもので、専門であろうと、些事であろうと、すべては人間が働くことで成り立っているのに、組織の上によかろうと思って屋上屋のような支援センターが、担当医師の事務を切り離して、それだけをたとえば郵便物の発信発送などをやらせるから、かんじんのあて名書きをすべってしまう。

ぼくの通院する腎クリニックは、心臓専門ではない。心筋梗塞になって、心臓手術専門の機械と専門医師のいる大病院でないと、手術も入院もできないから、それで医大病院か大原病院かの選択になる。福島市には、日赤病院や済生会などもあるが、心臓に限定すれば手術できる病院は、もっとあるだろう。地域でみれば公立藤田病院という伊達三郡の経営する総合病院もある。二本松の公立病院もあるし、ほかの心臓専門は郡山まで含めれば、選択は限りない者の、問題は患者の通院できる利便な距離のほうが、医療の内容よりも、看護婦の美しさよりも優先情景になる。一般の患者には、そちらのほうが大事なのだ。
さて、日常通院して腎不全の死ぬまで治らぬ治療を、通院せねば二週間で死ぬと言われて、一週間の三日をベッドの上で二本の太い針を刺したまま人生の大半をすごす私にとっては、その間をかいくぐって心筋梗塞だの他の老人病のケアをせねばならぬ。心臓カテーテル手術そのものは簡単になったが、総合的に生きるということでみれば、じつにめんどうな処置の連続である。

最初は何も借りずに、病衣パジャマだけ借りるのが一番安上がりだからそうしている。
実は医療支援センターは、火曜日に会計を済ます前に義務として事務職員と看護師の二度のチェックを受けて、これは次回の手術の予約が決まったために、分厚い入院マニュアルを渡されて、特訓されたからである。
私はすでに同じ手術をここで3回もやっているから、すでに分厚い立派な入院マニュアルを、そのたびに特訓されて3冊家にある。
それでも、医療支援センターという組織があるために、こうして、同じ膨大な時間をかけて事務員、看護師、私の3人は、同じ心臓手術についてのイロハを教授されるのだ。
これが、どれほど無駄なことなのかについては、指摘してはならない分野なのである。さらに言っておかねばならないが、入院センターという場所を通らないと、直接、病棟には行けないのだ。
実は入院受付センターというのは、民間企業の出入り業者である同仁社というアメ二テイ会社に、入院生活の必需品であるタオル、洗面器、ゴミ箱、スリッパなどを申し込む場所だ。最初は何も借りずに、病衣パジャマだけ借りるのが一番安上がりだからそうしている。

ただし日常生活を遮断されている間は、テレビもみなければたっぷり本を読む時間があっgaaru
て、年に二回の手術シーズンあたりには、読めなかった名作や、積んだままの昔買った本など、まるで学生時代のように、まぶしい読書体験のきらめくような知的体験の海に溺れて、精神年齢がどっと若返るのだ。
だらだらと、ぼーっと生きている日常から離れるには、この入院生活ほどすばらしき期間があるのだと言えよう。