おととい、ある病院でのことでした

小西運転手に20分の講座を一方的にやった。
一週間ぶりに小西さんにあって嬉しかった。車中、法政大学の同窓会になる。ぼくの十歳年上の、経営学部の先輩だ。川口生まれで自宅から彼はうう額できるが、ぼくは下宿していた。ちなみに、かねこ恵美代議士も法政の卒業だ。同窓である。彼女はアメリカのサンノゼで福祉を学んできた。妹さんのことがあってか、この勉強は、国会議員として、自分で行動して考えて日本の福祉についてフィードバックしてまた考えて行動する偉大な体験的な学習だった。が、これはまた別な機会に書く。サンノゼはぼくが旅行でいったことのある街だから、よく知っている。もしかしたら、同じ時間に同じサンノゼにいたかもしれないな、などとロマンチックなことを妄想して、そのうち彼女の経歴と滞在時と、自分の旅行記録とを重ねてみようおもってると。電話ではすでにそのことは話したできなかったからだが、一日たって、なにしろ彼女もぼくも忙しくて、調べていない。調べてはおきたいので、後回しだがしなないうちにやっておくことにして。
さて、おととい、すなわち3月18日に、ぼくが手術して身動きできない状態のままで、回復を待っているあいだじゅう、無能力者だと思うだろうがが、そんなことはない。
ぼくの頭脳は激しく回転していて、たとえばこんなことを考えているのだ。どうしたら、世界に平和をもたらせるんだおうか。どうしたら、日本を戦争にまきこまれないようにできるだろうか、と。
そしてついにかんがえ着いたのだ。二つの事を。
ひとつは、日本国憲法を変えないで持続させ、これを変えて戦争を普通の国のように簡単にできるようにして、中国やロシアや、とくに敵対勢力の北朝鮮